第四章 14
定番と言われて、散々泣いてしまったことを思いだす。思いだし泣きか、寝起きの瞳に涙が滲み出てくる。
「高所恐怖症でない限りは大丈夫だ」
「・・・ほんとう?」
「ただの観覧者だから安心しろ」
「あの二人も乗っていたあれ?」
「そうそう『Fragment』の二人が乗っていたあれだ。安心したか?」
「・・・ええ、だったら貴方と二人きりになれるのね。うれしい・・・っ!」
喜ぶ少女を前に、男は理性の危機を感じていた。少女がこういう顔をした後、何の因果か夜の展開に迫られることを経験として早くも理解していた。俗にいう『フラグ』が立っただ。
「ねえ、だったら早く行きましょう? 早く二人になりたいわ。ふふっ!」
嬉しさ全開の笑みがますますその予感を強くさせるが、さっきから嘘とはいえ捨てる発言をして無垢な心をズタズタに傷つけたり、ホラー系のモノで怖がらせたりと、泣かせてばかりだった。そんな少女が、ようやくいつものように笑ってくれている。そんな尊い感情を叶えることのほうが、自分の予感よりも遥かに大切だった。
「そうだな」
だったら、そんなことを気にする必要などなかった。優先すべきは少女の笑顔なのだから。
「だったら、早く行くか。あれ以外と混むんだよ」
「ええ。そうしましょう」
そう言って寒い外に出て、仲良くくっつき、互いの温もりを感じながら目的地へと向かう。午後に入って、初めて少女が明るく笑ってくれている。二人きりになれるのがよほど嬉しいようで、こうまで喜ばれるとそうなるのが若干気恥ずかしくもある。
道中は午前中に乗ったものの感想を聞いたりして、軽く時間を潰す。意外と空中ブランコが気に入ったようだった。曰く、『乱暴な感じじゃないのがいいの』。そんな少女の感想を聞きながら、恋人としての会話を楽しむ。そんな最中に二人はある出来事を見つけてしまった。
「ねえ・・・あれって・・・・・」
「・・・迷子だろうな」
周囲には親がおらず、幼い子供はどうしたらいいのかも分からずに泣いていた。小さな鳴き声から察するに、泣きつかれたような声でもあり、ある程度の時間がたっているようだ。もちろん他人は知らんふりを決め込む。対応する従業員も忙しさで目が回り、それに気づいていなかった。そういったことから、幼い子供は誰からも相手にされずに孤独に泣き続けている。行き場のない状況ではそれ以外にできることもなかった。
「・・・悪いが」
言葉が終わる前に、少女が男から離れて泣いている子供へと向かう。
目の前までいくと目線を合わせるためにしゃがみ、優しい声音で話しかける。
「・・・どうしたの?」
「ひっく、おがあぁ・・ざん・・・・おどう・・・ざん・・・・どこぉ・・・・っ?!」
泣きながらも、必死に言葉を紡ぐ。疑いようもないくらいに迷子だった。
「そう・・・じゃあ、わたし達が見つけてあげる。だから、泣き止んで・・・・ね?」
言いながら少女は泣き顔の鼻をティッシュで拭いて、涙はハンカチで拭っていく。
「どうやって・・・・?」
「それは・・・・」
「呼び出してもらうから、そこに連れて行けば後は向こうからやってくるさ」
「ひうっ?!」
少女が困った顔をしていたので会話に入る。幼い子供は男を見て驚いたのか、少女にしがみ付く。そんな子供をどうしたらいいのか、少女が戸惑いながら男を見てしまう。
「お前のやってやりたいようにすればいいさ。それで間違っていないと思うぞ?」
その言葉を聞いて、少女は泣いている子供を抱きしめた。抱きしめて、優しく背中を撫でてあやしていく。
「だいじょうぶよ? あのお兄さんに任せたら、ちゃんと見つけてくれるからね?」
「・・・ほんと?」
「ええ、ほんとうよ? だからそこまで、連れていってもらいましょうね?」
「・・・うんっ! ありがとう、おねえちゃん!」
子供は疑うことなく少女の言葉を信じ、すぐに泣き止んで懐いた。少女が手を握ってあげると、それだけでにこにこだった。
「じゃあ、どこに行けばいいの?」
「とりあえず、近いところはこっちだな」
誘導しようとして、男が先頭を行こうとすると少女が呼び止める。
「まって」
「んっ? なんだ?」
「貴方も・・・握ってあげて?」
振り返れば、視線で子供の開いている手を示される。子供は男を見ても先ほどのように驚いた感じはなく、むしろ不思議そうに男と少女を何度も見比べていた。
「・・・おじさんも握った方がいいか?」
「おねえちゃんはおにいさんっていってた・・・・ちがうの?」
「・・・どう見える?」
「おじさん」
即答だった。もう気持ちのいいくらいの即答で、腐った社会での建前に汚れていない、裏表のない感情がなんとも心地よかった。




