第四章 12
「・・・いいのか? もらっても・・・俺は何も返せないかもしれないんだぞ?」
「見返りがあるから愛するわけじゃないでしょ? 貴方を・・・愛したいから・・・・愛するだけよ?」
「・・・・ありがとう、なんて言葉じゃ言い切れないな。どういったらいいんだか・・・・」
「そんなことよりも言って欲しい言葉があるの」
「?」
「貴方は・・・その、わたしが・・・・欲しい・・・?」
不安そうに聞いてくる。そんな分かりきっていることすらも、言ってもらえないと落ち着かない少女に、男は散々された返事をする。
「んっ?!」
男から触れられたことに少女が敏感に反応する。散々外ではしないと言われていたので、油断していた。
今は軽くしておく。あくまでも仕返しだからだ。もしも本当に少女を求めたのなら、この程度で抑えるわけがなかったし、抑えられるわけがなかった。
顔を離すと耳元に持っていく。
「ああ、お前が欲しい・・・・お前だけが、欲しい」
耳元でそっと囁く、少女だけに送る言葉。この時だけは少女のためにある言葉だった。
顔をみれば、瞳一杯に涙を浮かべながら柔らかな笑みを見せていた。
「うれしいわ・・・っ! さっき、嘘とはいえ貴方に捨てられそうになったから、とってもうれしいわっ!」
流れる熱いものがあった。金色に輝く月から零れ落ちる、星の子供の様な輝きがあった。
その姿に、その言葉に・・・胸が痛くなる。浅はかな考えは、思った以上に少女を傷つけていたのだという事実に。少女の急な発言が捨てられることへの恐怖だとしたら、自分が少女にこの言葉を言わせてしまった。それだけ少女を傷つけ、不安にさせてしまったことに深い自責の念に駆られる。
「ごめんな。思った以上に、傷つけていたんだな。こんな男で本当にいいのか? 軽々しくお前を傷つけた・・・こんな俺で」
そっと頬に手を添える。零れ落ちる輝きを優しく拭い取っていく。
「傷つけられてもいいの・・・・傷つくことを恐れていたら何もできないもの。それに、貴方なら傷つけてもすぐに癒して、慰めてくれるでしょ・・・・? そんな不器用だけど優しい貴方だから、わたしは愛したいの・・・・愛してしまったの・・・・」
全てを信頼しきっている少女の笑顔が有難かったが、ある意味では重かった。自分にはそこまでの覚悟ができていないのに、少女の想いを貰ってしまったことが。
『混ざり気のない、純粋な愛に人は恐怖する』
ふとそんな言葉を思い出す。そんなもの存在するはずがないと思っていた。有り得るわけがないと思っていた。そう、信じていた。なのに、少女はそれを男に向けた。向けて、伝えて、与えようとしている。決して男以外に染まることのない<<無償の愛>>という名の純白を。
「・・・お前はAgapeなんだな」
涙を拭きながらそんなことを呟く。
「また難しいこと言って・・・」
「ごめんな。どうも生きていくと理屈屋になってな」
泣き止んでいたのですぐに拭き終わり、手を離そうとするとそこに重ねられる手があった。
「それは悪いことではないわ。でも、あまりそれに拘り過ぎないで、少しは理屈を無視しましょう?」
慈愛に満ちた少女が男を見つめる。独りではないことを伝えようとしているかのように、男の手を優しく掴んでいた。
「そう・・・だな・・・・いつかそうなれたらいいな」
「・・・大丈夫よ。貴方は本来そういう人なのだから・・・・」
もしも少女以外の存在にそんなことを言われれば、男は鼻で笑っていただろう。お前に俺の何が分かる?と。しかし、少女は特別だった。少女だけが疑いを持つことなく想ってくれているからこそ、この言葉は男の心にまで届く。素直に聞き入れられる。信じることができた。信じたのなら、後は報いることを考えないといけない。それもできる限り早くだ。
「・・・そろそろ、デートの再開でもするか?」
そのためにも行動をしなければいけなかった。解答のない問題に解答を告げるために。
「ええ、そうね。次はどこに連れて行ってくれるの?」
話しの切り上げに少女は何も言わず、お互いに手を離す。男の決意に秘められた眼を見れば分かったので、聞く必要などはなかった。その身も離して、簡単な荷物を男が持つと少女が腕を絡めて身を寄せてくる。そんないつもの光景だが、漂う雰囲気は異なっていた。これまで甘えるようにくっついていた少女だが、今は少しでも男を支えようという想いで寄り添っていた。そんな、どこか少し成長したような姿があった。
「デートの定番の一つと言えばあれだが・・・・」
「だったらそれにしましょう」
「いや、でもお前がああいうの大丈夫なのかどうか・・・・」
「恋人としての定番ならしてみたいわ」
「そこまで言うなら・・・まあ、いいか」
少女ならば大丈夫だろうと思った。なんだかんだリアリスト的な傾向を持つ少女に、作り物など大したことはないのだろうと。事実、少女もそれの前に来れば、できものなのだから大丈夫と入る前には言っていた。ひょっとしたら、びっくりして思い切り抱きついちゃうかも?と、どこか男をからかうような軽口も言っていた。そんなフラグを全力で立てて、中へと入っていった少女はみごと黄金律を奏でてくれた。




