第四章 10
するとそこには男が申し訳なさそうな顔をして少女を待っていて。
「ごめんな? でもこれで分かっただろ?」
そういって少女を抱きしめてくれなかった。
なぜならそこには誰もいなかったからだ。足音はもう聞こえない。
「いや・・・いやっ! どうしてっ!? どうしていてくれないのっ?!」
訳が分からなくて涙が溢れてきた。どうして男がいてくれないのか。どうして来てくれないのか。そんなことを考えているうちに視界が滲む。胸も張り裂けそうなほどに痛い。
まだ走れば男に追いつくかもしれない。そう思い、男を求めながら足早に進む。
「独りに・・・・しないでっ! 独りは・・・・もういやなの・・・っ!」
泣きながら少女は、迷子の子供が親を探す様に男を求めて、もう一つの角を曲がるとすぐに抱きとめられた。
「悪い。まさかここまでお前が動揺するとは思わなかった・・・・」
いつもの男の声だった。決して優しくはないが思いやりのある声音に、少女の心が落ち着こうとする。
「えっ・・・ぐっ! ぐすっ・・・・・ううっ! うわぁあああああんっ!」
男に抱きしめられてもすぐには信じられないのか、少女の涙は止まることがなかった。ぼろぼろと滴を零し、これが現実であるのかどうか確認しようと男にしがみつく。そんな少女を泣かせた男は、少しでも楽になるようにと背中を撫でていく。
なんであれ、悲しみの涙を見るたびに胸が痛くなる。自分はその涙を拭うことができなかったからだ。けれど、今だけは違った。馬鹿な男が仕掛けた行為で傷つけた少女に謝り、慰めないといけなかった。
「ごめんな。でも、これで分かっただろ? 俺は相手にこういう感情をさせてきたんだってな」
少女の涙を指で拭う。
「ごめ・・ん・・・なさい・・・っ! わたし・・・こんなだって・・・・知ら・・なくて・・・ひっく・・こんな・・・・・つらくて・・・・かな・・・しくて・・・ひくっ・・・こころ・・・こわれ・・・・・・うぐっ!」
「無理して話さなくてもいいんだぞ」
泣きじゃくる少女をあやしていく。
少し時間はかかったが、無事に少女は泣き止んでくれる。
「本当に・・・貴方がいるのよね?」
声と身体が震え、瞳には涙のあとが残されていた。その姿は痛々しく、愚かな男に罪悪感を植え付けるには充分だった。
「ああ、本当の本当に悪かった。質の悪い嘘ついて・・・ごめんな」
少女の小さな体を強く強く抱きしめる。隙間など存在させることなく、自分の存在を確かに伝えるために。
「・・・こわかった。貴方に捨てられて独りになるのかと思うと・・・本当にこわかったわ」
その感覚を思い出したのか、また少女の身体が大きく震える。
「どう・・・して? 今は・・・貴方に抱きしめてもらえてるのに・・・・また、身体が震えて・・・・やだ・・・・こわい・・・・っ!」
ひびの入った世界は簡単には治らず、少女の感情もぐちゃぐちゃの状態だった。男の言葉はどんなものよりも少女の心を鋭く、深く傷つけていた。また混乱し始める少女の姿を見ていられず、その思考を奪うことにする。
「んっ?! んんっ!?」
想定外の行為に驚いていた少女だが、すぐに男の感触だと分かれば、後は大人しく男にされるがままとなる。男と繋がっているからか、不思議と気分が落ち着いてくる。男の優しさと温もりが心に満ちていくような気がした。傷つけた心が落ち着くまで、男は何度も少女と唇を重ね合わせた。
「本当に悪かった。ごめんな」
「・・・もう、あんなことしないでね・・・・? 思いだすだけで・・・わたし・・・っ!」
枯れることのない涙がまた溢れてくる。あれからすぐに男は少女を外に連れ出して、狭い空間から広めの空間でゆっくりさせることにした。本当なら暖かい屋内にでも行こうとしたが、人ごみの多い所で男を見失うのが怖いからと、寒空の下ベンチにこしかけていた。
「絶対にしないから、頼むから泣かないでくれ。せっかく顔を洗ったのに、また洗わないといけなくなるぞ?」
何度したのか分からないほど少女を抱きしめ、頭や背中を撫でていく。
今は園内にある休憩のベンチに座っていて、少ないとはいえ人目があるから流石に口づけはできなかった。
「貴方は・・・・女を甘やかすのが上手ければ、泣かすのも上手いのね・・・・」
少女がそっとハンカチで涙を拭っていく。
「・・・なんも言えないな」
男の言葉を聞きながら、少女は男が買ってくれた暖かい紅茶を飲む。暖かいものでも飲んで落ち着けと言われたからだ。因みに男は、少女が男のためにわざわざ来る前に用意してくれたお手製のコーヒー(なんとミルク無し!)を飲んでいた。それは魔法瓶構造の水筒で保温が効いており、常に暖かい状態で飲めている。そんな少女の想いが込められたその温もりが、今はただただ心に痛かった。いつもより苦味を強く感じてしまう。
「寒いだろ?」
飲み物を飲みやすくするために手袋を外しているので、寒さが温もりを容赦なく奪う。そっとその手を包み込み、冷えないようにする。
「・・・貴方がいなくなると思った瞬間に比べたら、かわいいものよ」




