第四章 9
「そうだと思う。俺はそういうだけの関係だと思っていたが、向こうはどうにも本気になっていたらしくてな・・・・それで相手を酷く傷つけて別れた。要点だけ言えばそういう話だ。だからお前にもそういうことをするんじゃないかと思うと、どうしても欲望に抗ってしまう」
「そう・・・なのね」
三度行き止まりに当たる。少女が男の腕を引いてすぐに引き返す。
「一ついいかしら?」
「なんだ?」
「どうして、相手を傷つけたって思ったの?」
「相手は俺を愛しているから一緒になりたいと言っていたのに、俺は愛していないと答えた。それで価値観が違うからもう合わないようにしようといったわけだ。当時の俺は、そんなもんは幻想だと思っていたから、そういう手合いには関わりたくないと思って切り捨てた」
「・・・それだけなの? 嫌がる相手を無理やりとかじゃなくて?」
「少なくともそこは両者合意だぞ? じゃなきゃ犯罪だ。後、それだけというが別れる時に色々と面倒だったんだよ。別れたくないって泣きまくってたから、散々愛想を尽かされる台詞を言う必要があったからな」
岐路にもどり、そこから正面の道へと行く。
「嘘を言ったの?」
「いいや、単純に相手の欠点を指摘してやったり、理屈的な小言を言ってやったりしただけだ。そういうの嫌がる相手だったからな」
「それで・・・?」
「そんな酷い人だと思わなかったと言われて、めでたく別れたわけだ」
「・・・・・」
「なんだ? その呆れたような目は・・・」
「貴方・・・女に甘すぎじゃない?」
「簡単に女に手を出して泣かせた人間がか?」
「手を出したと言っても、そこは合意の上でしょ? それに、泣かせたのも相手が勝手に泣いただけだし、傷つけたと言っても勝手に傷ついてるのは向こうでしょ?」
珍しく少女の口調が強くなる。またまた行き止まりに当たり、少し乱暴気味に男の腕を引いて戻る。
「価値観の相違から別れただけという、それのどこに貴方の悪さがあるのよ?」
「泣くことや傷つくことを分かっていながらしたら、その時点で十分に悪いだろ?」
「貴方のそういう優しいところは本当に大好きよ? でも、いくらなんでも女に甘過ぎよ!」
戻ると残った道へと進んでいく。
「細かい感情的な部分は分からないけど、言われたことだけを考えれば、貴方と相手の相性が良くなかっただけの話でしょ?」
「いや、そうは言うが・・・もしもだぞ? もしも仮に俺がお前にそう言ったらどうする? お前は『はい、わかりました』って言えるのか」
「・・・えっ?」
男の言葉に見るからに少女がうろたえる。あれほど強く引いていた腕からも力が抜けて立ち止まってしまう。
「そ、そんなこと貴方が言う訳が・・・・」
「お前のそういうところが重いんだよ」
「・・・・っ!?」
冷酷に吐き捨てられた言葉に息が詰まる。
「もともと、俺たちは相容れない存在だし遊びもここまでにするか」
冷たい眼差しで見つめられ、少女の身体から血の気が引いていく。それまであった男の優しさがどこにもなかった。あの日向のように暖かくて優しい温もりが、一瞬にして冷え切っていた。
「じょ、冗談は・・・やめて・・・・?」
声が震える。息が苦しい。まともに立っているのかすらどうか分からなくて、腕によりかかる。すると、その腕が乱暴に振り払われて少女を突き離す。
「きゃっ!」
よろけ、壁にもたれかかることでなんとか座り込まずにすむ。
「邪魔だ」
「あ・・・う・・・・っ!」
男に拒絶されたことで少女の世界にひびが入る。身体が震えて動けなくなる。それでも、男がそのうち近づいてきて『悪い、やりすぎた』と言ってくれるはずだと思っていた。
「じゃあな・・・少しは楽しめたよ」
そんな少女の願いを打ち砕くように、男は気にかけることなく少女の横を過ぎ去っていく。それでも、少女は男がすぐに足を止めて戻ってきてくれると信じていた。男は仮にと先に言っていたのだから、こんな茶番はすぐに終わると分かっている。分かっているはずなのに、心がズタズタになってちぎれそうなまでに痛かった。
男が曲がり角に差し掛かる。まだ戻ってきてくれない。
止まることなくそのまま少女の視界から男が消える。ここから戻ってきてくれるはずだと少女は信じているが、それとは裏腹に足音が遠くなる。ここまで来ると、少女は本当に男に捨てられたのではないかと思ってしまう。でも、そんなことあるはずがない。だって、男は『仮に』と言っていたのだから、きっと自分が来るのを待っているんだ。
そう考えて少女は走るようにして、男がいるであろう角を泣きだしそうな顔で曲がった。




