第四章 8
「悪い、これ以上は理性が飛びそうでな・・・・」
ぎりぎりになる前に制止することで、素早く気持ちを落ち着かせることを男は優先した。
「りせい・・・」
それはつまり、考えなくてもそういうことなのだと理解できる。
「お前も大丈夫か? 何とも言えない顔してるぞ?」
そういわれて鏡を見れば、男に溺れて泥酔したように顔がとろけていた。しな垂れかかった姿は、男へ完全に身も心も委ねているということを意識づける。荒く息をしながら、自分がどこか欲求不満そうな顔をしていることに気付く。あのまま続けてくれていたら、そのまま男に・・・・・・・たかもしれないのにと。そうならず残念がっていることを自覚してしまう。
「・・・・だいじょうぶじゃ・・・・ないかも・・・・・変なこと・・・・意識してる・・・・・」
「・・・いったん離れるか? くっついているから意識するんだろ?」
その言葉に首を横に振って否定する。
「貴方から離れるのが・・・・一番いや。このままでいたい」
「・・・・悪いな、加減できなくて」
抱いていた腕を解いて少女を自由にする。それでも少女は男にしがみついたままだった。
「ううん・・・うれしいわ・・・・だって、わたしが・・・・貴方の女だって・・・そう感じられるから・・・・・」
その笑みは普段みる少女のようではなく、歴とした女としての笑みであった。
「殺し文句過ぎるだろ・・・・」
「それより、行きましょう? ずっとこんな所に居ても仕方ないわ」
僅かの間に少女も気持ちを切り替えたのか、しがみついていた腕をいつものように絡ませてくる。
「んっ?」
そう思ったが、どうにも腕に当たる感触が強くなっている気がする。
「どうしたの?」
そういいながら、その感触を強く感じるようにして男を見上げる。その顔は男を手玉にとろうとする女のようであった。
「・・・お前わざとしてるだろ?」
「ええ。こうすれば貴方の反応が楽しめるでしょ・・・? この迷路のお返しよ」
「本気で襲うぞ?」
脅しでもあり、本心でもあった。だからそこには嘘も冗談もなく、欲深い声となって少女から身を引かせる。そのつもりだった。
「・・・うん。早く襲って?」
なのに、少女は待ち焦がれている表情で男に笑いかける。
「はっ?!」
「忘れたの? わたし、とっくの前に抱かれてもいいって言ったでしょ?」
夜の会話をしながら、少女が男の腕を引いて歩いていく。男の言葉を真に受けていないのか、それとも忍耐を信じているのかは不明だった。
「おいおい、俺からキスされて青ざめていたお前はどこに行ったんだよ?」
「・・・あれから何回貴方にされたと思っているのよ。それも、無理やりされたこともあったわよね?」
思いだしたのか、頬を赤く染める。それに関しては何も言えなかった。少女があまりにも可愛らしくて、愛おしくてつい唇を奪ったことは何度かあった。
「まさか・・・覚えているのか?」
戻ってきたので今度は反対側へと進んで行くと、また分かれ道があり、今度は近くの右側に入る。
「だいたい17回くらいよ? それだけされたら少しは余裕もでるし、なにより・・・さっきキスされて・・・・・・」
また行き止まりにたどり着き、鏡の中の二人がまた出迎える。
「・・・・そうして欲しいって・・・・・思っちゃった・・・・・・・・」
鏡に映る顔がまた赤く染まる。消え入るような声だったが、男の耳にはしっかりと届いていた。ちらりと、少女が目だけで男を見る。男は言いようのない表情をしていた。
「・・・悪いがまだ早いと思う」
「ええ・・・だから、貴方がしたいときにして・・・・? わたしはもう、いつでもいいから」
全てを受け入れた・・・天使のような微笑みを浮かべて男をみる。そんな少女を有難く思いながら、踵を返して岐路へと戻っていく。
「情けない男と思うか?」
「どうして? 貴方は今までこういったことを経験しているわけよね? だったら、過去に何かトラブルがあって、同じことを繰り返さないようにしようとしているわけでしょ?」
「よくそんなことが分かるな」
戻ればその位置から右手側の道へと少女は男を引いていく。それは正解の道だった。
「ずっと貴方を見ていたのだから、それくらい分かるわ」
「こんな短期間でか?」
「ええ」
「・・・・」
「あら・・・・また分かれ道ね・・・・次は」
左手にある道を選び、そちらへと進む。しばらく無言で進むと男が口を開く。
「昔な、簡単に女を抱いて傷つけたことがあった。抱いた理由は、ただ欲望を満たしたいからという下衆なもんだ」
「・・・貴方が誰かを傷つけるのが想像できないのだけど?」
「20代で若かったからな」
「それは咎められることなの?」




