第四章 7
「そうだな。とりあえず進もうぜ?」
一本道を行けばすぐに左右の岐路に出る。少女が男を見るが、男は知らんぷりを通していた。それで少女は迷いながらも行き先を告げる。
「ひだ・・・り?」
「左だな」
「やっぱり、右?」
男の反応が素っ気ないので、間違えているかと思い反対の言葉を口にだす。
「右に変えるのか?」
それにもやはり素っ気なく答えられ、少女はどうしたらいいのか分からなくなる。
「どっちが正しいの・・・?」
不安げな表情に男が優しく応える。
「行けばわかるさ。もし間違っていたら行き止まりだから、また戻ってくればいい。そうやって一つ一つ潰していけば、最後には出口にたどり着くさ」
安心させるように、空いている右手で少女の頭を撫でていく。
「大丈夫だって、ちゃんと俺がついているから・・・・な?」
「え、ええっ・・・それじゃあ左へ行きましょう」
左へ行き、進めば左右反転の自分たちがそこにいた。行き止まりだった。仲良く腕を組む、恋人としての二人がいた。
「・・・これって」
「行き止まりだな」
鏡に映った自分たちが会話をしているように感じる。
「そうだけど、その・・・・」
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「・・・わたし達って、一緒にいるとこんな感じなのね。初めて見たわ」
「んっ? ああ・・・そういえばそうだな。一緒に映ることがなければ分からないよな」
寄り添いあう二人の全身図が正面に、左右の壁にと映しだされていた。
映し出された姿を見て男は思った。少女といるときの自分はまるで生きている人間の様だと。いつからか、死んだように生きてきた自分にとって、有り得なかったはずの状況が今ここに存在していることを、どこか他人のようにみていた。
映し出された自分たちを見て少女は思った。男といるときの自分はまるで別人のようだと。こんなにも満ち足りた顔をして、男へと視線を移せば甘い表情を浮かべていた。それに気づいてしまうと、今こうしていることに顔が熱を帯びてくる。
「何一人で恥ずかしがっているんだ?」
鏡に映る少女の顔が赤くなってきたので男が突っ込む。
「だ、だって・・・わたし・・・・いつもこんな顔をしていたの?」
直接見上げることがどうにもできなくて、鏡に映る男の顔を見てしまう。
「嫌か?」
それに合わせるように男も鏡の少女へと返事をする。
「いやじゃない・・・・でも、ほんとうにこれがわたしなの? これだと、まるで普通の女の子みたいで・・・・恥ずかしいわ」
「・・・お前は女の子の様な女だよ。初めて会った時からずっとな」
「・・・でも、それは貴方だからよ? 貴方だから、きっとこうなってしまったの。貴方だけが・・・わたしをそういう風に扱ってくれたから」
「他の奴らは見る目がなかったんだろ? まあ、そのおかげで今こうしてお前といちゃつくことができているわけだが・・・」
少女の頭を撫でて、髪を指で梳いていく。まとわりついてくる髪の手触りは変わることのない極上の気持ち良さだった。その行為を鏡の中の少女はくすぐったそうにしながら受け入れていた。
いつも不思議に感じていたが、男に触れられるのが意味もなく嬉しい。だから、こんな顔をしてしまうのだと鏡の中の自分を見て思う。嬉しいから、もっと触れてほしくて、おねだりをする。
「ねえ・・・キス・・・・して?」
「ここ外だぞ?」
「お昼前にも一度したから大丈夫よ。それに・・・あの時貴方からしてくれるはずだったのが無くなったのだから、ここでしてくれてもいいでしょ?」
「・・・人の気配感じたらやめるからな?」
「ええ」
組みついている腕を解けば男に抱きしめられて、そのままの状態であごに手をかけられると上を向かされる。女として愛でられるときの男の顔つきに、少女の胸は高鳴る。高まる期待に胸を膨らませ、まぶたを閉じて背伸びをして口を差し出す。
「んっ!」
自分でする時とは違う刺激が、びくんと背中をのけ反らせる。
何度も男と口づけを交わしても、少女がするのと男がするのとでは質が違っていた。
「ふ・・・っ!」
頭の芯から溶かされそうな感覚に少女はすぐに酔う。
男の背にある鏡に浮かんだ少女の手は、男の服をぎゅっと力強く握りしめて必死に溺れまいとしていた。
少女の背にある鏡に浮かぶ身体は、時々小さく震えながらも男を受け入れていた。
側面にある鏡に浮かぶ二人は、身体を密着させてお互いを求めあっていた。
鏡に映る自分たちに囲まれながら、少女は息をも忘れる時間に夢中になる。
そこにあるのは求められたいという感情と、愛されたいという想いだった。
「んはぁ・・・っ? どうして・・・・やめるの? もっと・・・」




