第四章 3
歩いていくと、園内をある程度上から見渡せる乗り物が空いていたので、それに乗ることにした。電車での移動を繰り返していたので、少しゆっくり座りたいのと、少女が二人きりになりたそうな雰囲気を出していたからだ。係員の言葉に送り出されると、後は乗り物に二人だけとなる。
「やっぱこういうのは寒いから空くよな・・・」
「寒ければくっつけばいいじゃない」
そういいながら、嬉しそうに少女が身体を密着させる。
「お前は本当に暖かいよな・・・」
「・・・貴方もよ?」
男の肩に頭をもたれさせ寄りかかる。その状態のまま、しばし日常では見られない、上から下を見下ろす光景を味わう。人が細長い棒にしか見えず、それが地面をぞろぞろと細かく動いている。見える範囲で誰も上を見ておらず、前か下を向いており、二人の存在は認識されていない。そういう意味では、今そこの世界に二人の居場所はなかったと言える。
「・・・不思議なもんだ」
「どうしたの?」
「いや、まさかお前とこういう関係になるとは思っていなかったんでな」
「そんなのわたしもよ? 貴方が初め『恋人』にならないかと言った時、正直頭がおかしい人だと思ったもの」
「そりゃそうだ・・・」
「ねえ、どうしてあんなことを言ったの? 今なら聞いてもいいでしょ?」
「・・・ただ単純に暇だったからだ。生きることに何の希望もやりがいもなく、ただ死んでいくくらいなら、最後にお前のような奴と過ごして馬鹿でもしようと思っただけだ」
「酷い理由ね・・・」
「でも、今は違うぞ? 俺はお前を幸せにしたい。お前に、少しでも多くの思い出を残せたらと思っている」
「ええっ、知っているわ・・・でもね、もうわたし十分に幸せよ?」
「そうか?」
「・・・こうやって貴方と一緒にいて、温もりを感じられて、大切にされて、受け入れてもらえて・・・・わたしにはそれ以上の幸せなんてないわ」
少女の曇りのない、幸福を携えた笑顔に見上げられ胸が熱くなる。遠くに忘れ去った尊い感情を少女が見せてくれるたびに、幸せにしたいという気持ちが激しく沸き上がる。
「だからこれ以上なんて・・・きゃっ?!」
高ぶった感情に任せて少女を抱きしめる。最近はもう感情のコントロールがうまくいかなかった。少女のこういった笑顔を見るたびに、もうどうしようもなく抱きしめたくなってしまう。
「・・・すまん。少しだけいいか?」
「・・・ええっ、貴方の好きなだけ抱きしめて」
驚いていたのも少しの間だけで、すぐに少女は男の背に腕を回していく。
あの日、男を胸に抱きしめて以来、少女は男のことが少しだけ理解できるようになった。こういった時は感情的になんとなく不安定なのだと。そうなっても仕方のない理由はあるが、恐らくは別の・・・最近自分のことで悩んでいるということは分かった。それは自惚れではなく、男は誰かのことを考えて苦しんでしまう・・・そういう優しい人間だと知っているからだ。決して、自分の弱音だけは吐かないようにしていることはもう分かっていた。だからか、気づかないうちに少女は男の背中を優しく撫でていた。少しでも気持ちが落ち着いて欲しくて、何かをしてあげたかった想いがそうしていた。
「・・・あら? 本当に少しなのね・・・残念だわ」
「・・・もうすぐ戻るだろ? こういうのは見せつけるものじゃないからな」
腕を解き、そういって離れようとする男に少女は素早く口づける。ついばむよりは長く、味わうには短い、そんな感覚だった。
「・・・・落ちつい・・・た?」
いました行為を男に自覚させるため、立てた人指し指を男の唇にあてて見上げる。
優しくて穏やかな笑みに、男は首を縦に振るしかできなかった。
「・・・色々とぶっ飛んだよ」
「そう? だったら・・・よかったわ」
笑顔を崩さずに男を見つめる。男といる間の少女は笑顔が絶えなかった。勝手にそうなってしまうというのもあるが、なによりも男が笑顔にしてくれているということを伝えたかった。それはきっと、幸せだからなのだと。
「・・・・・」
「ど、どうしたの・・・? あまりじっと見られると、その・・・恥ずかしいわ・・・・」
「・・・ありがとうな」
少女につられてか、男も笑みを浮かべて素直なままに言葉を出す。
そっと少女の頬に手を添えて、軽く撫でていく。こそばゆそうにしながら、自らの手も重ねる少女。
「・・・んっ」
瞳を閉じて、今度は男からの交わりを要求する。それを否定することができるわけもなく、顔を近づけて行き―――
「っ?!」「きゃっ?!」
元の場所に戻ってきた乗り物が重い音を立てて揺れる。大した衝撃ではないはずだが、不意を打たれた二人はバランスを崩してしまう。
少女は端にもたれるように倒れ、男はその少女を潰さないようにふちを両手で掴んで体重を支える。




