第一章 2
「だからと言って、お前が人の嫌がることをするような女じゃないことは、考えたら分かるはずだ。こんな寒い中でわざわざ手間のかかるドリップコーヒーを入れ、それが冷えないように保温できる容器に移し替える。さらにミルクは温めて、コーヒーがぬるくならないように気をつかっている。後、俺がミルクを入れるのを渋っているから、本当は全部入れて欲しいのに、譲歩してできれば半分くらいとか言ういじらしい女が嫌がらせ? 有り得ないな」
そこまで言い切り、また一口コーヒーを飲む。
「仮に、お前の言い方が悪いとしても、それはあくまでも半分だけだ。残りの半分はお前の行動を理解できない奴が悪い。だから、お前は必要以上に悪いと思う必要はないんだよ」
「・・・貴方って、本当に変わった人ね」
少女が共に持ってきていた温かいミルクに口をつける。
「何をいまさら念を押してるんだ? そんなの初めて会った時から知ってることだろ?」
「そうね・・・でも、その・・・」
言いにくく、歯切れが悪い。思わずミルクに口をつけて間をとる。
男は少女の言いたいことを黙って待っていた。
そして、改めて言葉の続きを告げる。
「あり・・・が・・とう・・・・っ」
忘れ去った言葉を思い出すかのようにたどたどしい・・・けれど、確かにそれは紡がれた。
「『恋人』のことを普通に見ていただけのことだ。だから、このくらいで礼を言われることはない」
「む・・・さっきの、わたしの・・仕返し・・・・?」
「いや、別にそういうわけじゃ・・・」
「ふふ・・・っ! 冗談・・・よ?」
少し緩んだ顔が、くすぐったいような感情を見せる。
「・・・・・・」
「・・・どうしたの?」
「いや、柔らかい表情を初めて見たなと思ってな」
「!!」
「可愛くて綺麗だと思っていたが、やっぱ穏やかな表情はさらに映えるな」
「・・・ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「だって、わたしはもう少ししたら―――」
「そこからは言わなくていい。俺は『先』のことよりも『今』のほうが大切なんだ。お前といられる『今』がな・・・それに、それはお前が謝ることじゃない」
少女の言わんとしていることが分かった男が、そこから先の言葉を制す。
「お前が感情を抑えられないならそれでいいし、むしろそうして欲しい。俺はそういう風に日々を過ごしたいと思っている」
「どうして・・・? だってわたしは―――」
「だから、そういうのはいいって言っているだろ? 単純に『恋人』の喜んだ顔を見たいって思うのが男ってもんだ。それが美少女ならなおさらな」
「わたし、少女っていう年齢じゃないわよ・・・・?」
「とはいえ、外見は本当に少女な訳だし・・・俺からしたら、かわいけりゃそんなもんどうでもいい」
「・・・わかった。わたしもあなたの『恋人』として善処してみる」
「ああ、頑張ってかわいいところをガンガン見せてくれ・・・・って、なんだその可哀想な人を見る目は・・・」
「わたしは、そんなにかわいいものじゃないわ・・・・」
「そんなもんは他人が決めることで、お前が決めることじゃない。もちろん俺はお前をこの世で一番かわいいと思っているぞ? ・・・って、だからなんだその頭悪い人間を見る目は・・・」
「別に? ただ・・・・本当の本当に、貴方って変で変わった人なのね」
「まあな。ただ、連呼されるとへこむから勘弁してくれ・・・」
「・・・ごめんなさい」
目の前で覇気を無くした男に、少女はさすがに謝る。
「ところで・・・もう一杯飲む?」
みれば男のカップは空になっていた。
少女は空気を変えるきっかけとしてそこに目を付けた。
「ん? そうだな・・・時間もまだあるし、もらえるか?」
「うんっ」
カップを受け取りすぐに新しいコーヒーを持ってくる。
「はい・・・どうぞ」
「あれ? ミルクがないけどいいのか?」
「さっき・・・一緒に飲んだでしょ? だから二杯目は、なくてもいいかな・・・・って」
「・・・そうか、ありがとうな」
「ずいぶん嬉しそうに飲むのね・・・」
「そりゃ『恋人』の愛情が身に染みるからな」
「べ、別に・・・そんなんじゃないわ・・・・ただ・・・その、そう・・・・えらそうな貴方に、身体の悪いことをしてやろうって思っただけよ・・・・」
男の視線に痒みを感じ、視線をそらしながら、とってつけたかのような言葉を紡ぐ。
なんとなく目元近くまでお盆で顔を隠す。それでも居心地が悪くて、身体をもじもじとさせてしまう。
「・・・今、お前すごくかわいいって自覚してるか?」