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第三章 8

 少女は耐えられなかった。抱きしめてくれている男がどれほど自分を大切にして、軽々しくそういったことをしないかを知っている少女としては、こんな下劣な男と同じ思考をしていると決めつけられるのが、とてつもなく耐えられなかった。

「・・・・・っ」

 それでも、抱きしめてくれている腕がぎりぎりのところで少女を止める。本当は自分よりも、男の方が辛いはずだからだ。その男が耐えているのなら、自分も耐えるしかなかった。

「あ~あ、僕も手作り弁当してくれる彼女が欲しいな~」

「そうそう、今日になって急にお弁当なんて持ってきたから驚いたわ。それで、彼女さんがいるって分かったからいいんだけどね。まったく、先輩も抜け目がないわね」

 女の言葉に少女は耳を疑った。自分が作ったものが原因で今のこの状況があるということを知る。つまり、自分がそんなものを作らなければ男がこんなことを言われずに済んだのだ。

 少女が男を見上げる。喜んでもらおうとしたのに、それが逆に悪いことをしてしまったことに気付いて、どうしようもなく泣きたくなった子供のような顔で男を見る。少女のその顔が、『ごめんなさい』と言っているのが痛いように分かる。

 そんな少女を男は黙って優しく撫でる。気にする必要はないという、その思いやりに少女は胸が熱くなるのを感じた。

「それでお前らは俺の彼女を見たいと言って、無理やりにここに乗り込んできたわけだ」

 男の声音が変わる。先ほどまでのように場に合わせた感じではなく、冷酷とでも言うべき声音だった。

「無理やりなんて、ちゃんと書類届けに来てあげたのに・・・・酷くない?」

「俺にわざと渡さずにいた書類をダシにして、駆け引きの道具にした奴が何を言う?」

 冷たい怒りがこもった言葉に二人が固まる。

「いいか? ある程度までなら俺は見逃してやるし、カバーもしてやる。だが、あまり好き勝手するようなら、こっちにもやりようはあるのは知ってるよな?」

 流石に慌てだす。男の急変の理由に思い当るところはないが、とりあえず怒らせたことは確かだから、逃げ出そうという考えだ。

 真面目に働いてきてある程度の人脈があり、そして他人のカバーをしてきたからこそ、人の弱みの一つや二つを男は持っていた。それを使えば最悪は首、良くても左遷。少なくとも、今いる場所にはいられなくなる。

 それを思い出した二人は男の言葉に脅える。

「とりあえず、仕事で疲れて彼女との時間も削られるこの状況は非常にストレスでな。どうしたらいいと思う?」

 分かるよな? 暗にそう二人に言っていた。

 やましい所がある二人は、その言葉に素直に従って帰っていく。さすがに見送りはいいというが、その心は早く逃げたいとの一心であった。

 こうして男は嫌いな権力を使って、どうにかして落ち着いた時間を取り戻した。

 こういったことをする度、結局自分もああいう人間と同族なのだと、思い知らされる。だけど、それでも構わなかった。あれ以上少女に苦痛を与える状況を続けるくらいなら、自分が外道になるほうが遥かにましだった。いや、そもそも初めの段階で脅しておいて書類だけ回収していればこうはならなかった。荒波を立てたくなくて、つい逃げてしまったことを悔いる。やはり男はどこかでミスをして、それが分かっていながら繰り返してしまう愚者であった。

 抱きしめていた少女に申し訳なく思い、心配して見てみると。

「・・・・ごめん・・なさい・・・・」

 瞳に涙を浮かべ、泣きながら謝ってきた。

「・・・わたしのせいで・・・・あなたを困らせてしまって・・・・・ごめんなさい・・・っ!」

 少女はようやく気付いた。なぜ男が昼は作らなくていいといっていたのか・・・・それはこうなることが分かっていたからだ。なぜ、男が今日に限って荒れていたのか・・・・それは自分が作ったお弁当で不愉快なことが起きたからだ。

「ごめんなさい・・・・・・・ほんとうに・・・・ごめんなさい・・・・・」

 自分が余計な事さえしなければ、男に迷惑などかけずにすんだ。自分のせいで男が苦労を・・・・必要以上の苦労をさせてしまったことに、少女は酷く後悔していた。

「気にするなよ。ああいった手合いはどこにでもいる」

 そっと少女の涙を拭う。拭っても少女の後悔はすぐに滲み出てくる。

「それに弁当を作ってくれたのは嬉しかったんだぞ? ああいうのはもう、いつ以来だったかな・・・・」

 遠いまなざしをして、昔を思い出す。まだ自分が子供だった頃を。何も知らず、何も憂えず、自由気ままに振る舞えていた懐かしい時代を。世界が満ちていたあの頃を。

「まあ、だから明日も弁当頼む」

「いいの・・・・? また不愉快になるだけじゃ・・・・・」

「そんなの気にするかよ。お前の手作り弁当の方が重要だ」

 そういって抱きしめる腕に力を強くする。そして安心させるように笑いかける。

「もし、また荒れた時には・・・情けない話だが今日みたいに甘えさせてくれ。お前の存在だけが俺の癒しだよ」

「そんな・・・こと・・・・・初めて・・言われたわ・・・・・」

「そうか? お前のことを考えたら・・・・そうなのかもな」

 少女から説明された経緯を思い出す。普通なら確かに少女は受け入れられないだろう。だが、男は普通ではなく変わっていた。変わっているから、普通のようには受け取らない。

「とりあえず、お前は風呂にでも入って落ち着いてこい。そんでもって、俺も風呂あがったら好きなだけ甘やかしてやる」

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― 新着の感想 ―
男がかっこいいのじゃ!少女ちゃんを守ってあげたのが凄く素敵で、少女ちゃんの弁当への悲しい思いを晴らしてあげたのもかっこいいのじゃ!これはまた弁当を作ってあげねばならんのう!
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