第三章 5
どちらかがそういった行為をして、相手が驚く。けれど、突っぱねることなく受け入れ、やがては熱に浮かされていきあの二人のように・・・・・
(う~・・・・だめね。こんなの普通にしていたらできないわ!)
今朝、男にほんのりと甘いハチミツの味を移したことを棚に上げて悶えていた。否、そんな自覚が少女には一切なかった。
恋は盲目とは言うが、ほとほと今の少女がそれであり、また乙女でもあった。
(あ、そういえば今時間は・・・・やだっ?! もうこんな時間じゃない・・・っ! 今ある食材は・・・・・)
読み耽っていた時間を冷酷に知らされる。男の帰ってくる時間を逆算するならば、今から買い物に行っていては間に合わない。その現実が、瞬時に少女を冷静にさせて現有食材を把握させる。
別段間に合わなくても男は問題ないと言うが、どうも少女は帰ってきた時にご飯が用意されているようにと動いてしまう。一応、それなりの理由もある。男と一緒にいる時間を少しでも長くするという・・・・乙女的な思考が。
(・・・これなら最近野菜の摂取量が少ないし・・・・寄せ鍋にしましょう。寒いところから帰ってきた彼も、これなら温まるものね)
男のことを考えるだけで口元が緩む。
身を寄せ合って二人で鍋をつつく。時々互いに食べるものを取り合いっこして、あわよくば『あーん』などしてみたりして・・・・
(きゃーっ! もうっ、わたしったら・・・なに馬鹿なこと考えているのよ~っ!)
完全に少女は『Fragment』の内容を引きずっていたと同時に男に惚れていた。少女自身でも驚くほど男を好きになっていた。
そんなことを考えながら、少女は鍋とカセットコンロを出して、食材を切り分けて準備をしていく。
白菜、長葱、豆腐、魚など冷蔵庫にある食材を適当に見繕って準備していき、昆布のだし汁をベースにして割下を作る。後は男が帰ってくる時間を予想して火をつける。
(おいしいって思ってくれるかしら・・・・? 彼はいつもおいしいって言ってくれるけど、不安なのよね・・・・おねがいだから、おいしくなってね?)
台所の前でイスに座り、そんなことを思いながら火を見守り続ける。
時が流れてドアが開き、男が帰ってきた。
「・・・おかえりなさいっ!」
帰ってきた男を笑顔で出迎える。そんな乙女全開な笑顔に、荒廃した社会の中で荒んだ男の心も和む。
「ただいま」
男が帰ってきたので、少女は鍋をコタツに用意したカセットコンロへと運ぶ。後はもう少し時間をおけば食べられる。少女の計算通りにいった。
お椀にお箸に、穴のあいたお玉とを用意していく。その間に手洗いうがいを済ませて着替えた男が、ちょこまかと動いて準備をしている少女を抱きしめた。
「あ~、癒されるな~・・・・・」
「えっ? ちょっと・・・これからご飯だから、まだこういうのは・・・・・」
後ろから抱きしめられ、少女の小さな体が男の腕の中にすっぽりとおさまる。
少女の温もりと香り、その愛らしさが冷えて渇ききった心にしみわたる。だけど、もう少し熱さが欲しかった。
「そうだな、じゃあ手早く終わらせる」
「何を・・・んむっ?!」
振り向かせると有無を言わさずに唇を奪う。徐々に深くなり、少女の身体から力が抜けていき、床へ座り込みそうになったところを男が腕で支える。支えたまま、少女への行為を続けていく。それは少女のようなぎこちない、初々しいものでもなく手慣れた人間のそれだった。少女の頭を芯から蕩けさす、そんな深い交わり。
蓋をされた鍋から茹った音が鳴り響く。
このまま少女が男に溺れそうなところで、ようやく離される。
「ぅんっ! はぁ・・はぁ・・・っ!」
呼吸すら忘れるほどの時間に、少女が荒い息をして男を見ていた。
「な・・に・・・これ・・・・? ぜんぜん・・・・ちがっう・・っ!」
「まだ大丈夫か?」
「だ・・めぇ・・・・っ! おかしく・・・なっちゃう・・・・っ!」
頭が熱で茹でられたかのように思考が働かない。鼓動も張り裂けるように強く、全身が熱く溶けてしまいそうだった。
「悪い、刺激が強かったか・・・・」
心配する言葉もどこか子ども扱いをしているようで、普段の少女ならムキになって反論していただろう。だが、今の少女は酒に酔った人間のように不安定であり、これ以上されたら壊れてしまうことを感じていた。故に何も言い返すことができず、腕の中で力なく抱かれているだけだった。
「言っとくが、最近よく抱けっていうけどな・・・・・これより激しいからな? というか、激しくなっちまうからな? お前、今の状態で抱かれたらどうなると思う?」
男の言葉に、少女の顔が赤くなるよりも青くなる。頭の中は真っ白だった。
蓋をされて、やかましい音を立てていた鍋からは煮立った汁がついに零れだし、ガスコンロの火を消しさっていった。
「えーっと、大丈夫か?」




