<<第一章~無愛想な少女がデレ始めた日~>>23
「ほら、起きなさい・・・」
朝早く、ベッドで眠る男に抑揚のない声をかける少女。
寒さが厳しくなってきた12月初め。澄んだ空気には夏のような淀んだものはなく、実に清々しい朝だ。その反面、寒さを携えた空気の中は容赦なくその身を冷ましていく
「ん~・・・はいはい。って、さむ・・・っ! 急に布団剥がすなよ?!」
「こうでもしないと、貴方は二度寝するから・・・ここまで一緒にいた経験でわかる。遅刻・・・してもいいの・・・・?」
「・・・よくないな」
遅刻という言葉に反応して、男はすぐに服を着替える。カッターシャツを着て。ズボンをはき、ネクタイを締め、スーツ姿の一歩手前と衣を変える。冷たい服がさらに体温を奪うかと思いきや・・・
「あれ・・・? 温い?」
「貴方が冷たい冷たい言うから、コタツを使って温めておいたの」
そっけなく、平淡に言い切る。そこに特別な感情はないと、暗に滲み出ている。
「そっか・・・ありがとうな」
それでも男は少女がしてくれた行為にお礼を言う。むしろ、何の感情もこもっていないからこそ、そう言いたかったのかもしれない。
「コーヒー入れるから、コタツにでも入って待ってて」
「なんというか悪いな・・・すっかり嫁さんみたいなことしてもらって・・・・あ~、やっぱコタツは温いな・・・」
コタツの中へと全身を滑らせ、そのままうつぶせになって頭だけをだす。寒さを最大限に避けるための姿勢、俗にいうコタツムリである。
「・・・別に、ほかにやることもないからだし・・・お礼なんて言わなくていいのよ。それに、わたしは貴方の『恋人』だから、これくらいは別に・・・・」
話しながら少女は手際よくコーヒーを注ぎ、温めておいたミルクと、それを少し別に取り分けたものを盆へとのせる。
「むしろ『恋人』だからこそ、心からお礼をいうんだがな・・・」
「わたしには分からないわ・・・はい、コーヒー」
話している間にもコーヒーをもってこられる。置くとすぐに少女もコタツへと入ってくる。それをみて、男はコタツムリから這い出て人の姿へと戻る。
「あ~・・・コタツムリしてたら、また少し眠くなってきたかも・・・?」
そういってコーヒーに手を伸ばそうとしたところで、少女が口をはさむ。
「だめよ。ブラックで飲むのはお腹によくないと聞いたことがあるわ。少しはミルクを入れなさい」
お盆を引き、男の手からコーヒーを遠ざける。
「俺はブラックが好きなんだが・・・」
「だったら何か食べる? トーストに目玉焼きくらいならすぐにできるけど?」
「いや、俺朝は食べない派だから・・・」
「だったら、なおさらミルクを入れないとお腹に良くないでしょう?」
相も変わらず、淡々とした口調で話されると、真実味が薄い。
本当に少女は男を心配しているのか? ただ単に、嫌がらせをしているのではないか?
そう思われても仕方のない―――いや、そうとしか思えない声音だった。
「・・・やれやれ、毎朝『恋人』に心配されるツケということにしておくか」
恋は盲目とでもいうのか、男は素直に少女の言葉に従うことにした。
諦めて少しだけ入れて飲むことを決めたところで、また少女が口を開く。
「あと、少しじゃなく、できれば半分くらいは入れてね」
できれば入れてという、命令ではなくお願いの言葉に男は―――
「・・・分かっているさ。せっかく、入れてくれたんだからな」
そう返事を返して―――全部入れることにした。
それを見て、少女の目が微かに・・・本当の僅かにだが驚きに開かれる。
「どう、して・・・・? あまり・・・ミルク好きじゃないんでしょ?」
珍しく少女が質問をしていた。
「できれば入れたくはないな」
「だったら、なぜ?」
少女の疑問に、かき混ぜながら答える。
「・・・お前が手間をかけて用意してくれたって、そう思ったら残せなくなっただけだ」
混ぜたところで一口飲む。
「うーん・・・やっぱ苦味が弱くなるな・・・・」
「貴方は変な人ね・・・」
「んっ?」
「普通の人には、わたしの言い方をずっと続けていると『嫌がらせ』とか、『本当は心配していないくせに』と、いつも怒られてしまうから・・・きっと、貴方もそう思っているんじゃないかと考えていたの。でも、違うのね」
「そんなの思考が停止しているような奴らだろ? 少し考えたらわかることなのに、奴らはそれすら放棄する・・・生粋の馬鹿だ。救いようがない」
「え・・・っ?」
「悪い、お前が悪く言われていることを考えたら・・・正直ムカついた」
「別にいいのよ? わたしが悪いのだから・・・」