<<第三章~男から少女へ、少女から男へ~>>2116
男が久方ぶりに熟睡感を覚えて目を覚ますと、少女がいつもの黒いワンピースを着て台所で料理をしていた。その様子はいつもとは違っていて、なるべく音を立てず静かに行われていた。それでも食材を火にかけたときの音は隠しようがなく、なぜこそこそと調理をしているのかが、まったくもって不明だった。
「おはよう。朝から何作っているんだ?」
「きゃっ?! あ、貴方・・・?! もう起きたの・・・!?」
珍しく―――いや初めてか―――菜箸を持って料理をしていた少女が驚いた声を上げる。
「確かに今朝は早く起きられたな」
男はそれを含めて黒い服と白いエプロンの色合い、少女のかわいさを朝から堪能する。どこかメイドのようにも見えるその格好を眺めるのが地味に好きだった。
「俺朝は食べないはずだから・・・・お前が食べるのか?」
「これは・・・・その・・・・」
暫く言いよどんでいたが、やがて諦めたのか素直に白状しはじめる。
「お弁当よ・・・・」
「は・・・? 弁当? 誰の? ってか、昨日最後に買っていたのはこれだったのか?」
「そうよ。それと、貴方以外の・・・・誰に作るのよ・・・・・」
照れて顔を逸らしてしまうが、目だけはしっかり男を見つめていた。
「昨日の昼の食事を見ていて・・・・あまり外食は好きじゃないのかしらって・・・・そう思ったら・・・その、作ってあげたい気持ちになって・・・・・でも・・せっかくなら驚かせたくて・・・・・」
「ああ、だから早く起きてこっそりと・・・か」
「その・・・・迷惑じゃない・・・・・? いらないならわたしが食べるから・・・・・・」
「迷惑なんかじゃないさ」
そういって少女を正面から抱きしめる。
ふいを突かれて少女は菜箸を落としてしまった。
「ありがとうな。俺、お前の作る飯が好きだからすっげえ嬉しい」
「~~~~っ!」
「お前から抱きついてくる傾向が強いから、今日は俺からお前を抱きしめてみた。どうだ? びっくりしただろ?」
「もぉ・・・ばかぁ・・・・っ!」
「いきなりされてびっくりするのが分かったか?」
「普段からわたしは・・・・貴方にそうされているのよ・・・・・?」
「えっ? まじ―――」
男が身体を少し離して見下ろしてきたところを、少女が頬を手で挟んで固定する。そのまま、背伸びをして愛らしい唇で男の口をついばんでみせた。
「・・・おかえし・・よ?」
はにかみながら唇に人差し指をあてて男を見上げる。
刹那のことでまた男は状況を理解できなかったが、少女が唇に指をあてる仕草を見て理解した。少女のほうが一枚上手だったようだ。
「お前・・・かなり積極的になったな・・・・・恋する女は強いって言うが、それか?」
「・・・・・よくわからないわ。ただ、貴方がわたしをそうさせるのよ?」
嬉しげに笑みを含ませる。男のことを想えて幸せだと言いたげだった。
「・・・昨日からお前に手玉に取られているな」
「ふふっ! それだけ・・・・貴方のことを考えているのよ?」
「・・・そういや、料理の途中だったな。すまん、続き再開してくれ」
逃げるように腕を解いて離れようとしたところで、再び少女が口を重ねてくる。今度は男にも分かるくらい、じっくりと重ね合わせている。
「?!」
目をつぶった少女の顔が、まつ毛を数えられそうなくらい間近にある。気づけば首に腕を回されて、逃げることもできなかった。
朝起きて先にホットミルクでも飲んでいたのだろう。いつも入れているハチミツの甘い味が徐々に伝わってきた。その甘さだけでなくもっと別の・・・どんな甘美よりも甘い少女の想いが、男の脳髄までも満たしていく。
解いた腕がまた少女を抱きしめる。それを感じたところで少女は唇を離す。
「んっ・・・逃げちゃいや・・・・ちゃんとわたしの言葉を・・聞いて・・・・?」
「ああ、悪かった・・・・正直言って恥ずかったから、逃げたくなっただけだ」
顔が近い。うっとりとした顔つきの少女がすぐ目の前にいる。
「・・・・だったらいいの。朝からごめんなさい・・・・そして、ごちそうさま」
「お前・・・どこからそんな言葉覚えてきた?」
「? この間の漫画の黒髪の彼がそんなこと言ってたわよ?」
「あいつか・・・というより、そんな奴のマネする辺りお前も案外ハマっていたのか?」
「わからないわ。でも、彼みたいに行動できたらって、思う時があるわね」
「もう十分してると思うぜ? 初めて会ったときから考えれば、今のお前はまるで別人だ。悪いが、こんなに愛らしい女だとは思わなかった」
「わたしだって・・・・女として誰かを想うなんて考えもしなかったわ・・・・・こんな感情、ないとも思っていたし・・・あったとしてももう無くして消えたとばかり・・・・・」
「俺は今のお前の方が好きだ」
「ほんとう・・・? うれしぃ・・・っ!」
「それより、そろそろ料理を再開したらどうだ?」
「・・・・そうね。続きはこれが終わってからでいいわよね」




