第二章 13
もしまた来たときには、その時こそ彼女に似合う一番を見つけてみせると、そんなことを考えていたら次の客が入ってきた。
「あ、いらっしゃい」
そうして少女のことは隅によけて、さっきまでの少し変わった時間が、いつもの日常へと塗り替わっていった。
(しくじったな・・・・)
だらだらと飲んでいたコーヒーが終わりそうになり、会計の用意をしようとしたところで、失態に気付いた。
(なんで全部渡してんだ俺・・・・)
思わずため息をつく。
少女の悲しみと自分のミスを消すためにした行為から、少女が自分へとしてきた行為を思い出す。
(・・・・完全にやられちまったな)
純粋極まりない想いを向けられ、示され、思い知らされた。その結果自分は平静さを失い、単純なミスを今もまたしてしまった。
(に、しても・・・・)
思い返すのは少女のまなざしと笑顔。愛というものを形で持って表せば、あの時の少女という存在がそうだった。何の打算もなく他者に寄り添い、傷を癒し、惜しむこともなく情を注ぎ、背負う苦しみを分かち合ってくれる。そんな誰もが夢見るような理解者。
(・・・『愛してる』か・・・・・)
使い古された陳腐なセリフだ。だが、使い古されるというからにはそれだけの理由があり、使われ続けている力もある。複雑に飾り立てられたものよりも簡潔で単純。いつの世も人が動かされるのは後者であり、核心をつくありふれた言葉である。
本質がずれていれば、それがどんなに元が優れていても意味がない。だが、本質をとらえた上でそれが行われれば、その力は絶大な―――というよりも本来の―――効果を発揮する。
(・・・『ありがとう』から、その流れは反則だろ・・・・・っ!)
もしもあの時に感情のままに行動していたら・・・・自分は恐らく少女を――――
(だめだ、考えたらヤバ・・・それにしてもだっ!)
頭の中に浮かびそうになった邪な考えを強引に散らしていく。意味もなく叫ぶような切り替えだった。
(なんで急にあんなに化けたんだ? 悲しみから何がきっかけでああも・・・・って、ちくしょう! ちょっと死にたくなってきた!)
単純に、男の不甲斐なさを見た少女が奮起しただけのことであった。それに気づいてしまって、自己嫌悪に陥ってしまう。
(何をやっているのやら俺は・・・・これまで散々かっこつけたあげくが、あの娘から逆に慰められるとか・・・・情けなさすぎるが・・・・・・それでも、嬉しいもんだな。誰かから、ああも思われるっていうのは・・・・・)
残っているコーヒーを全部飲みきる。そして、とるべき行動をしようと顔をあげる。
「あら・・・もう少し・・ゆっくりと飲めばよかったのに・・・・・」
対面に件の少女が座っていた。テーブルに両肘をつき、両掌の上に顔を載せて、微笑みながらこちらを見ていた。その姿がかわいらしいことは言うまでもなかった。
「いつからいたんだ?」
「ついさっきよ・・・? なにか考えていたみたいだから・・・・邪魔しちゃいけない・・・って思って・・・・・・待たせてごめんなさい・・・・」
「そういう時は普通に声かけてくれていいんだぜ? 待ってるの退屈だろ?」
「別に・・・普段みられない貴方を見られるから・・・・大丈夫よ?」
「そうか?」
「ええっ」
「買い物は無事に終わった・・・んだよな?」
「・・・問題なく終わったわよ?」
「疲れとか大丈夫か? 疲れたようならここで休んでいくぞ?」
「平気よ。それより早く帰って二人になりたいもの・・・・」
「そうか・・・じゃあ行くか」
「でも・・・その前に、最後に買いたいものがあるのだけど・・・それだけ買ってからでもいい・・・? すぐに済むから・・・・待っててくれる?」
「んっ? 一緒だとなにか都合悪いのか?」
「そ、そんなことないけど・・・・その、荷物が一杯だと動くのが大変でしょ? だから、おねがい。荷物を持って待っててもらえる?」
「んー・・・まあ、いいか。わかった、大人しく待っておく」
「・・・ありがとう。それじゃあ、出たところで待っててね?」
咲き誇るように笑顔を浮かべた少女が出ていく。男を少しでも待たせまいと、小走りで目的の場所へと目指していく。そんな姿をかわいいなと思いながら、男は重大なことに気付く。
「・・・・財布もらうの忘れちまったな。仕方ない、いなかったら気づくだろうし・・・・御代わりでもして時間稼ぎしておくか・・・・」
男は開き直って、少女のいない間にコーヒーを堪能することとした。なお、少女の買い物は言葉通りすぐに済むため、御代わりのコーヒーを見咎められることになるとはまだ男は知らなかった。




