第二章 6
そんな状況をしり目に、少女は男の首に腕を絡みつかせ、身体を密着させる。そのまま耳元へと顔を寄せ、魔性の言葉を囁いてくる。
「・・・抱きしめて、いいのよ? ううん・・・おねがい、抱きしめて」
男の心を読んだかのように、ぞっとするほど妖艶な声で誘ってくる。いままで聞いたことがない、熱のこもった声音だった。
「いや、お前何を言って―――」
幼い顔つきに油断していたが、隙間なく密着してくる少女のやわらかさは、間違いなく女のそれだった。
場違いで雰囲気もあったものでないからこそ、男は未だ理性を保っていた。が、それもいつまで持つかというところだ。
「・・・だめぇ?」
甘えてくる声に頭がおかしくなってくる。
耳元にかかる息が熱い。
いますぐここを出て―――
「あの・・・お客様?」
「は、はいっ?」
「その・・・お料理をお持ちしたのですが・・・・よろしいでしょうか?」
「ああ、すいません・・・買ってあげた服がとても嬉しかったのか、どうも抱きついてまでお礼を言ってきてしまいましてね・・・・ここは日本なのだから、あれほど外では抱きつかないようにと言っておいたのですが・・・・ほら、離れなさい。食事の時間ですよ?」
間一髪のところで、二人だけの世界が壊される。
男は清々しいまでの好青年を演じ、あくまでも親しい外国の娘がじゃれついてきたかのように振る舞った。
幸いにも、少女が言った通りすぐに離れて席に戻ったので、周囲も外国のスキンシップなのだと思い込んでくれた。
料理をテーブルへとおいて、ウエイターは礼儀正しく去って行った。
「じゃあ、食べるか」
「・・・・・うんっ」
運ばれた料理を前に、二人は今までのような会話をすることなく、ただ作業のようにもくもくと食べていった。少女が見るからに沈んだ顔つきをしていて、食事中ということもあって男は話しかけることができなかった。だからか、この日の昼食は味気のないものとなってしまった。まるで一人で生きていた時に、ただ生命活動を維持していくだけの、惰性で摂っていた頃のようだった。
「ありがとうございました!」
店を出て歩き出す。手を繋ごうとしても少女は両腕で荷物を抱きしめるようにしており、握りしめることができなかった。そんな状況が続く中、少女が申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい・・・また浮かれてしまったわ」
「・・・まあ、いいって。そうやって感情を出すことはお前には必要だしな。ただ、もう少し周囲の目を見るようにしてくれればいい。それより、早く寝間着買いに行くぞ?」
少女が話しかけてくれたことに男は安心する。だからいつものように振る舞って、明るい声を出す。
「その前に一つおねがいがあるの」
懇願するような声に男の足は止まる。
「んっ? 改まってなんだ?」
「・・・・わたしを妹や知り合いの娘のように扱わないで。わたしは・・・貴方の『恋人』としてありたいの。だからおねがい。・・・二度とさっきのような扱いはしないで・・・・・。迷惑をかけた上で図々しいのはわかっているわ。・・・・でも・・すごく・・・・すごく悲しかったの・・・・」
切なさあふれる感情を前に、男は自分の落ち度を後悔した。確かにあの場合はああいった方が場を治めやすかった。だが、決して『恋人』のじゃれあいということにしても別におかしくもない。なにせ少女は見た通りの外国人であり、そういった愛情表現ということにしても何ら問題はなかったのだ。
一見上手くいったようにみえても、実はそれは最高の手ではなく、次善の手にしか過ぎなかった。男はいつも自分と相手にとって、肝腎なところでそういった失敗をしてしまう。現に、目の前にいる少女を男は苦しめてしまった。自分がうまく逃げることしか考えておらず、少女の心を無視していたからだ。なのに、少女は自分に謝り『恋人』でいたいと言ってくれた。こんな・・・自分勝手な男のだ。
「ごめんな・・・・お前を苦しめるつもりなんてなかった」
「わたしこそ・・・ごめんなさい・・・・貴方がそういう人じゃないとわかっているのに・・・・・勝手に傷ついて・・・・・また貴方を困らせてしまっている・・・・本当に・・ごめんなさい・・・・」
今にも泣き出しそうな姿を見せられ、男は周囲の状況など構わず少女を抱きしめる。いまさらだと自覚していながらも、抱きしめるしかなかった
「えっ?! あの・・・貴方・・・・?!」
人の通行が多いモール内で、目立つ行為を嫌う男がした行動に、少女が恥ずかしがる間もなく驚く。思わず見上げてみれば、男の後悔した顔が少女を見下ろしていた。
「すまん。悪かった・・・・ごめん・・・な」
心の底から悔やむ声に少女の胸が痛くなる。
「そんな・・・貴方は何もわるく・・・・」
「いいや、できることをやれなかった俺が悪い・・・・だから、お前は何も悪くない。俺がもう少しうまく対処していれば・・・お前が傷つかなくてすんだんだ」




