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第一章 9

「男が女をほめても、女は最初頑なに否定するところとかな」

「・・・・それよりも男が女に対して軽々しくほめ好きじゃないかしら? あまりよく思っていないとしたら、それは苦痛にしかならないわ」

「あれっ? もしかして、俺がそういったことを言うたびに嫌だったりするのか?」

「な、なんでそうなるの・・・っ?! わたしは・・・・その、自分はそうじゃないって思っているだけで・・・・・別に、いやとか・・・そんなんじゃないから・・・・・!」

 少女は慌てて否定する。なぜだか男に勘違いされるのが嫌だった。

 朝の時と同じように少女が居心地悪そうにしだした。けれど、今はちらちらと視線は向けてくれているので、話を続ける気はあるようだ。

「そうか・・・・それと他には―――」

 朝にはできなかった、まったりとした空気の中での話し合い。

 お互いが共通して話すことができる些細な、けれど大切な時間を満足するまで過ごしていく。カップの中身がなくなれば二人で入れに行き、その間にも話題を咲かせる。

 男は少年の様に笑いながら、少女と話をする。

 少女は男のように物語を楽しむことはできなくとも、共に過ごす穏やかな時間を心地よく感じていた。

 そうこうしていくうちに夜は深くなっていく。

「っと、話しすぎたかな? 大丈夫か? 途中で俺の話ばかりに付き合って退屈じゃなかったか?」

「・・・ううん。貴方と過ごす時間は退屈じゃない」

 少し眠そうに少女が話す。

「あ~、ごめんな。つい話ができるのが嬉しくて長くなりすぎた」

「え・・・っ? 『うれ・・・し・・い・・・・・』の?」

 それは男を見送った後で考えていた時にたどり着いた言葉だった。

 驚きと共に眠気が吹き飛ぶ。

「そりゃ、自分の話を理解してくれたり、受け入れてくれたりしたら嬉しいもんだろ?」

 この言葉に閃くものがあった。

「・・・・わかった。わかったわっ!」

 少女は男の言葉を聞いて、ようやっと記憶というつぼみから、感情という花を咲かせることができた。

 男が自分に向けてくれる好意的な感情が・・・

 理解して受け入れてくれることが―――

 あの時、分からなかった感情が胸の中から開かれていく。

「わたし―――」

 初めて聞く少女の大声にあっけにとられている男を見つめる。

「―――貴方と共にいられるのが、うれ・・・し・・い・・・っ! とってもうれしいのっ!!」

 言葉を告げると同時に、凍り付いていた感情が溶かされる。

 それは少女が初めて見せる、心からの笑みであった。

 普段の発言とは不釣り合いな彼女がみせる、相応の姿。本来の少女はこういった存在なのだと思い知らされる・・・・天使の笑顔。

「・・・・・」

 すっかり和らいだ少女の笑みに見惚れる。束縛も暗さも陰りもない、ただただ純粋で無垢な心が現れていた。

「・・・・きれいだ」

 呆けたような一言がもれる。

「もう、ばか・・・っ。そういった一言もうれしい・・のね・・・・」

 夜の魔力がなせる業か、いつもとは正反対の言葉をはにかみながら言ってくる。

 和らぎすぎて、無防備極まりない少女に対してよからぬことを考える前に男は動く。

「そろそろ風呂入って寝ようか? な?」

「え・・・っ? それって、一緒に入るの・・・・?」

 これまでと違って面白いくらい少女の顔が変わる。もちろん今は恥じらう乙女のようだ。それも、満更でもない表情である。

「ちがうちがうっ! 一人が入ってる間に歯磨きしておくんだよ! そもそも、うちの風呂は二人は無理だって!」

「・・・・そっか・・」

「予言するぞ。今は理解できた喜びと、夜のハイテンションでとんでもなく感情的になっているが・・・・翌朝、お前は枕に顔をうずめて脚をバタバタさせることになる」

 努めて冷静に告げる。ここで自分も少女の感情に引きずられると、間違いなく過ちを起こすことになると感じていた。

 二十代の頃であれば危なかったが、幸いにも伊達に歳を重ねてきたわけではなかった。

「・・・そう・・かもしれない・・・・」

「よし、じゃあ俺が歯を磨いている間に入ってきてくれ・・・って、なんで服の裾をつかんでいるんだ?」

「でも、貴方は言った『先』のことよりも『今』を大切にしたいと・・・・今、わたしが貴方と共にいたいという、この想いは・・・・ダメなの?」

「・・・いいか、今のお前は感情に酔っているんだよ。そういった気持ちになるのが久しぶりだから、それは仕方のないことだ。もし、明日になってもその気持ちが薄れていないなら、その時にはちゃんと向き合うさ」

「でも・・・・」

「あ~、じゃあ、今夜は一緒の布団で眠るでいいか? それで勘弁してくれ」

「え、あ・・・・うんっ!」

「それと明日―――」


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 突如隣の壁から聞こえてくる重たい音―――いわゆる壁ドンである。

 お隣さんが誰かを思い出す。そして、先ほどからの自分たちの会話内容を振り返ると・・・・

「・・・本当にすいません。独身男性にバカップル丸出しの会話は残酷すぎだ・・・・」

 血涙を流しているであろう男に心の底からの謝罪をする。

「ねえ・・・早く準備して一緒に寝ましょう?」

「静かに準備しような」

「・・・うんっ?」

 嫉妬の壁ドンを避けながら二人は寝る準備を進め、いざ布団に入る段階になって男は気づいた。 

「おまえ・・・なんで寝間着買ってないんだよ・・・・」

「・・・わすれていたわ。でも、風邪はひかないのだから大丈夫よ・・・?」

「下着姿で寝られる俺の身にもなってくれよ・・・」

「大丈夫・・・わたし達『恋人』だから・・・・ほら、早く寝ましょう?」

「・・・・・・・ああっ」

 布団の中ですり寄ってくる少女の温もりと、感触に慣れるまでの間、男は無限に感じる時を過ごすのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでの感想じゃ。暗い彼女の柔らかな表情になっていくのがよかったのじゃ!男は褒め上手じゃな!彼女が『恋人』として、男に褒められることに嬉しいと知って喜ぶ顔、ワシも見てみたいわい!きっと可…
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