手合わせ
「で、では、ジェイド・テトリス、ミラ・ゼネル。両者、一歩前へ」
ミラは模擬剣を一本、拝借して左手で構える。ミラのできる最大のハンデだ。
「左手か?両手じゃなくて?」
「別に、どっちでもいいだろ?私のやりやすい構え方なんだから」
ミラは相手をジッと見て、合図を待った。
「それでは、始め!」
同時に一直線にジェイドがやってくる。そして、
「はい、おしまい」
ジェイドの首筋に模擬剣をピタッと当てた。勝負あり。
「ミラ・ゼネルの勝利!」
一瞬のことで、講師も他の生徒もジェイド本人も分からなかった。
「ず、ずるですわ!ジェイド様が負けるはず、ございません!」
「そうよ!きっと、ズルをしたのよ!エルフだし!」
ミラの知らない令嬢たちが口々に文句を言う。
「あなた達の目は節穴なの?」
知らない令嬢の中で、唯一、違う声を上げた。
「なぜですの!?アリッサ嬢」
「なんでって、一直線にジェイド様が来られたと同時に、素早く回り込んだのよ。あなた達には、速すぎて分からなかったでしょうけど」
アリッサ・ルノワール辺境伯令嬢。ルノワール卿の愛娘で有名である。
「ジェイド様が負けて、悔しくないのですか?仮にも婚約者でありましょ?」
「上には上がいる。お父様がよく仰っていたわ。お父様によれば、師匠の受け売りらしいけど」
(へえ、こういうご令嬢もいるもんだねぇ)
人気のある令息が何かしらで負けると、『ズルをした』と基本騒ぐのが親衛隊の令嬢たち。うるさいったら、ありゃしない。
「身のこなし、素早さ、的確な剣筋……。もはや、プロ!戦い慣れたプロの域!そんなものもわからないのなら、ジェイド様の親衛隊を辞めなさいな」
「な、何よ!辺境伯の娘のくせに!」
「困った者がこの学園に居たものね……」
話を遮って、ため息混じりで口を出したのは、カトリーヌであった。
「ここでは身分は関係ないはずでしてよ?そうですよね、理事長先生」
「ええ、そうよ。まあ、罰することはありませんがね」
ビシッと言った。ミラからしたら、ご令嬢たちの言葉は世間知らず過ぎて、微笑ましいぐらいなのだが、彼女たちはそうでもなかったらしい。
「あ、あの!師匠!」
「誰が師匠だって?」
別の方向から、声がかけられた。見れば、先程、相手をしてくれたジェイド・テトリスだった。
「俺よりも強いのは、師匠が初めてです!父上と爺様以外で!俺を鍛え直してください!」
「いや、師匠じゃないし。鍛え直すって言っても、貴方、騎士になるんでしょ?私のやり方は騎士に向いてないから!」
「それでもいいです!師匠と手合わせがしたいんです!」
しつこい……。まあ、あの騎士団長の息子だからね……。
「『師匠』は、や め ろ!」
「ですが!師匠は師匠なので、師匠しか呼びません!」
「この頑固もんが!」
うん、あんたの親父さんにそっくりだわ!悪い意味でな!
「せめて、名前にしてくれ!ミラ!これが私の名前!」
「では、ミラさんで!」
なんとか、名前呼びで落ち着いたが、ミラは遠くを見ていた。
(てか、こいつ、婚約者いるよな?辺境伯のとこの。大丈夫かねぇ?)
すると、アリッサがミラに近づいてきた。ミラは何を言われるかわからないため、覚悟を決める。
「ミラさん、私の婚約者がご迷惑をおかけして、すみません!」
「まあ、迷惑だったけど……。いいのかい、これで?」
「はい!ミラさんはとてもお強い方!ジェイド様が師と仰ぐのは当然です!」
「は、はぁ」
どうやら、婚約者の許可が降りたようだ。
「さすが、ミラですわ!」
「そうですね!」
(私の仕事は護衛だけのハズだが……。まあ、楽しいから良しとしようか)
波乱になりそうな人生二度目の学園生活に胸を躍らせた。