第8話 可愛いは正義
屋根の上の人影は少し考えていた。
「確かにねぇ。砂の人には義理も何もないけどさ。私も一応、義賊の端くれだからさぁ。ゼノヴァの町の人たちは救いたいかなぁとか思ったりする訳よ。」
「まったく… まぁ、そこがソアラのいい処でもあるんだけどな。」
背中の声の主は月明かりに浮かんだ少女をそう呼んだ。
「あっはぁ、悪いわね。それじゃエオリア、ゼノヴァの町までひとっ翔びお願いね。」
そう言ってソアラが両手を拡げると合わせるように背中から大きな翼が拡がった。どうやら声の主は、この翼のようだ。ただ、アイゼンが乗り物そのものから声がするのに対して、ふんわりと翼の辺りから声が聞こえてくる感じである。ソアラが金持ちの家の屋根を迷い無く蹴ると大空に舞い上がり、ゼノヴァ方面へと飛び立っていった。
「あら、珍しいお客さんね。」
町の物見櫓に居たサンディは月明かりを背に、まっすぐゼノヴァに向かって来る影を見つけた。サンディの知る限り、この時代にこれほど自由に空を滑空するのはソアラしか居ない。
「サンディさん、お久しぶりでぇす。」
盗賊避けの町の門は閉ざされていたが空にまで壁は無い。
「こんな夜更けまで起きてるのは泥棒くらいなものよ。大きな声、出さないでね。ルリちゃん起きるといけないから。」
「サンディさんだって起きてるじゃないですかぁ。ってか、ルリちゃんってハリーさんとこのルリちゃんですンググ… 」
ルリの名前を聞いて目を輝かせたソアラだったが、声が大きくサンディに手で蓋をされた。
「人間と一緒にしないで。あたしが砂だって知ってるでしょ? 大きな声、出さないでって言ったわよね? その様子じゃ、まだ泥棒から足、洗ってないみたいだけど。」
「あっはぁ。スミマセン。でも泥棒じゃなくて義賊ですってば。それよりも、なんでルリちゃんが居るんですか? 」
「ソアラこそ、なんでルリちゃんの事、知ってるの? 」
ルリの事はサンディもフィアーがハリーと一緒に連れ帰ってきてから初めて知ったくらいだ。だが、ソアラの口振りでは既に面識がありそうだった。
「あっはぁ… その、まぁ、なんです。3ヶ月くらい前に乱気流に巻き込まれて水晶窟近くで墜落しそうになって。まぁ、エオリアのお陰で大した怪我はしなくて済んだんだけど… 」
そこでサンディはソアラの話しを遮った。
「もう、いいわ。わかったから。ところで何か用があったんじゃないの? この町に金持ちなんて居ないわよ? 」
「そんな、金持ち… ってそうだ、街の金持ちが盗賊使ってこの町を襲わせようって… 」
するとサンディは溜め息を吐いた。
「フゥ。残念ね。貴女が泥棒でなけりゃ法廷で証人に立てるのに。」
司法からすればコソ泥であろうが義賊であろうが他人の物を盗み出す事に変わりはない。
「で、ですね。金持ちの奴が開発中の新兵器が完成したら貸すって約束してました。」
「エオリア、居るんでしょ。新兵器って何? 」
ソアラにとっては未知の兵器でもサンディやエオリアにとっては古代兵器である。それならば多少なりと知識のある方に聞いた方が話が早い。
「長距離砲の戦車だ。て言っても動力は馬が四頭。おそらく砲弾積んだら、それなりの重さだろうから気にするのは動きより射程と命中率だな。」
エオリアの声にソアラはくすりと笑った。砂の奴らに教えてやる義理はないなどと言ってはいたがソアラが答えるよりも、しっかりとした情報を伝えている。
「エオリア、いいとこあるじゃん。」
「べ、別にソアラがこの町の人間、救いたいとか言うからだなぁ… 」
「夜更けに賑やかだなぁ。」
「ギャァーッ! 」
不意に店から出てきたフィアーの姿にソアラは思わず大声を挙げて尻餅をついた。
「だから、大声出さないでって言ったでしょ。ごめんフィアー。起こしちゃったみたいね。」
「※%#&*@… 」
どうやらソアラは腰が抜けたらしい。訳のわからない事を言いながらズリズリとお尻を擦りながら後退っていく。
「ん~どうやら、フィアーの振り撒く畏怖はルリちゃん以外には漏れなく有効みたいね。」
血の気を失って気絶してしまったをフィアーが担ぎ上げた。
「すまねぇな。俺らに手足がありゃ運ぶんだが。」
フィアーには既にアイゼンで免疫があるので、ソアラの背中の折り畳み式の翼から声がしても驚きもしない。
「気にするな。俺の所為って言やぁ俺の所為らしいからな。」
実際問題、フィアーの所為と言われるとフィアー自身には身に覚えの無い話しではある。だが、返り討ちにしてきた盗賊たちだけならともかく、ゼノヴァでも他所の町でも怖がられてきたのだから自分にも原因はあるのかもしれないと思わなくもない。ソアラを運び込むとルリに添い寝をしていたハリーと入れ替わった。ハリーもサンディ同様に睡眠の必要は無い。
「気絶させてくれて助かりましたよ。でなければ今頃は可愛いは正義とか訳のわからない事を言ってルリが起こされるところでした。」
思わずソアラが墜ちた日の事が想像出来てサンディは苦笑していた。