第7話 企む奴等
溜め息を吐いたサンディだが、諦めたようでもあった。
「まったく、水晶のくせして頭の固さはダイヤモンド並みなんだから。」
だてに人間には気の遠くなるほどの付き合いではないという事なのだろう。まぁ、町に盗賊たちを入れなければルリは住民に預けてもなんとかなるだろう。そのためにもルリには町の人に慣れてもらわねばならないし、サンディたちは町の守りを固めねばならないのは確かのようだ。その頃、ゼノヴァを狙っている金持ちの1人の家を荒野鼠の頭目が訪れていた。
「誰にも見られなかっただろうな? 」
君主ならば、揉み消せるようなスキャンダルも民主制となると失墜するのは易い。金の力で手に入れた権力だ。その座を失えばドブに金を差捨てたようなものになる。この手の輩にとっては金こそが力であり権力なのである。そんな輩からすれば火薬工場という金の成る木を建てるのには、この上ない好立地のゼノヴァは何としても手に入れたい。しかし表立って動けば世論の非難を受ける事になるだろう。それを避ける為には、盗賊でも雇って秘密裏に町を落とし、復興の名目で合法的に管理下に置きたい。だから盗賊と繋がっている事が世間にバレては拙いのである。
「そんなドジは踏まねぇよっ! それより、どうなってんだ? 死神が居るなんて聞いてねぇぞっ! 」
「死神? あぁ、前にお前の言っていたフィアーとかいう男の事か。お前たちには天敵らしいな。」
この金持ちからすれば、自分の住む街を訪れた事もない流れ者を気にする理由は無かった、今までは。だがゼノヴァの町を手に入れる事の障害となるのであれば、そうも言っていられない。
「あいつは別格だ。俺たちが襲撃しているところに不意に現れちゃ邪魔しやがる。初めは始末しようと向かってった奴らも居たらしいが、ことごとく返り討ちにあっちまった。そこで付いた渾名が死神フィアーだ。あいつは歩く恐怖と言っていい。」
それを聞いた金持ちは鼻で嗤った。
「フン… 先日、この辺街の保安官が引っ捕らえた砂漠の狐とかいう盗賊一味の下っ端がゼノヴァには魔女が居ると抜かしておったそうだが… 死神だの魔女だのと、盗賊って奴はよっぽど迷信深いかお伽噺好きらしいな? こっちは前払いで半分払ってんだ。きっちり仕事しねぇと残りは払わねぇしブタ箱に放り込むぞっ! 」
「チッ… 」
荒野鼠の頭目は舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。依頼だけなら前金を突き返して降りれば済むが捕まるのは勘弁だ。
「砂漠の狐が言ってた魔女ってのは何者だ? 」
荒野鼠は、まだ直接ゼノヴァを襲った事がない。故にサンディの事を知らなかった。
「サンディとかいう、あの町の町長だ。まだガキだがやり手らしい。なんでも装甲馬車の鎧装を砂にされたんだとか言ってたらしい。もっとも死神が撃ってきたとか言っていたそうだが。」
言葉にこそ出さないが荒野鼠の頭目は呆れていた。「らしい、らしい」と如何にも自分では動かず報告だけ受けて見てきたように語るタイプだ。
「結局、死神を相手にしなきゃいけねぇのは変わらねぇって事か。こりゃ、何かとんでもねぇ武器でも無ぇと難しそうだ。」
この金持ちも魔女だの死神だのを信じている訳ではないがフィアーが強敵であるという認識は持ったらしい。
「わかった。計画に遅れは出るが、話しどおりなら、すぐに他の奴らにあの町が落ちる事もねぇだろう。今、開発中の装甲戦車が、もうじき完成する筈だから、そいつを貸してやる。こいつが完成して量産出来て弾を飛ばす火薬が作れるようになりゃ他所の街も俺様のもんに出来る。四頭立ての馬の力を歯車で何倍にも出来るらしい。射程距離も既存一らしいから最強の重戦車ってとこだ。」
結局、自分で開発している訳ではないので、「らしい」になってしまう。単純に言ってしまえば遺跡から発掘された戦車の動力を円筒に馬四頭を入れて補うという乱暴な代物だ。エンジンを修理する技術も動かす為の燃料も無いこの時代においては仕方のない事だった。そうまでしても金と権力を求める人間というものは絶えないらしい。荒野鼠としては砂漠の狐の装甲馬車が砂にされたというのは不安材料だが、これは此方の方が射程が長いと期待するしか無さそうだ。所詮、自分では何もしない金持ちに性能の話しを尋ねてもまともな返事が得られるとも思えなかった。取り敢えずは装甲戦車が引き渡されるまで迂闊にゼノヴァに手出しをするのは得策ではないので荒野鼠は普段の盗賊稼業に戻る事にした。無論、この街の荷物は襲わない。どちらに転んでも、お互いに得なことは無いからである。そんな金持ちの屋敷の屋根裏から、こっそりと屋根の上に抜け出した人影があった。
「ふぅ。今日は下見のつもりで金目の物、探すつもりが妙な話し、聞いちゃったわね。どうしようか? 」
「放っておきゃ、いいんじゃねぇか? 別に砂の奴らに教えてやる義理も無ぇんだしよぉ。」
屋根の上に人影は1つしかない。だが、その人影の背中からはあきらかに別人の声が返事をしていた。