第5話 パパは強し
物置の中でフィアーは腰をおろした。
「あんたは鉄屑じゃねぇ。自分でも、そう思ってんだろ? 」
暫し鉄の塊は沈黙した。何か考えているのかもしれないが、顔も無いので表情は読み取りようがない。
「なるほど、サンディが雇う訳だ。では新しい名前を貰えるか? 」
「名前? 」
フィアーは首を傾げた。ただの鉄の塊が話す筈が無い事は理解している。となればサンディ同様の何かなのだろうという察しはつく。ただ、砂が人の姿をしているのだ。鉄の塊が鉄とは限らない。それにサンディが500年ほど昔からサンディを名乗っているというのだ。この鉄の塊にも名前くらい既にあって不思議ではない。
「これから背中を貸すにあたって、呼び名が無いのは不便であろう? 今まで背中を貸した人間は数える程しか居らぬが、その度に名前を付けさせてきた。だから、お前にも名前を付けろと言っている。」
何やら上から目線ではあるが、どうやら乗せて行ってくれるらしい。サンディと同じくらいであれば数十億年は先輩という事になる。そう思えば腹も立たなかった。
「ならアイゼンでどうだ? あんたがサンディみたいに見た目と違うってなら別の、考えるけどな。」
「鉄か。安直で単純だが、シンプルにストレートでよかろう。ならば今日から我をアイゼンと称するがいいっ! 」
「宜しく頼むぜ、アイゼンさんよぉっ! 」
フィアーは車輪を持たないアイゼンに跨がった。サンディが使っていいと言うのであれば使える筈だ。根拠なんてものはフィアーが信じられるかどうかだ。つまりは、ただのフィアーの勘だがフィアーは自分の勘を信じている。それこそ根拠の無い自信なのだが。アイゼンはフィアーを乗せて、やや浮き上がった。飛行という高さではなく浮遊と呼べる程度だ。そしてアイゼンはそのまま物置を飛び出して行った。
「あら。思ってたより早く言う事を聞いてくれたみたいね。」
サンディは窓越しに走り去るフィアーとアイゼンを見送っていた。
「なぁ、サンディが一番強いって本当か? 」
フィアーは町を離れてからアイゼンに疑問をストレートにぶつけてみた。単純に鉄の方が砂より強そうに思えたからだ。
「見た目に囚われるな。砂漠でサンディに敵う者などない。それに製鐵など自然ではない。我がこの身を維持してこれたのはサンディが砂鉄を供給してくれていたからだ。」
確かに鉄が塊の状態というのは殆どの場合、加工品だ。銃が存在するくらいなので、この世界でも製鉄技術は存在するがゼノヴァ周辺の砂漠で鉄鉱石が採れるという話は聞いた事が無い。フィアーの思ったより3倍は早く着いただろうか。水晶窟の中から異様に声がする。外には荒野鼠のものらしき馬が停めてあった。入り口はやや狭くアイゼンも通れそうにはなかった。
「ちっと行ってくらぁ。」
そう言うとフィアーは水晶窟の奥へと向かった。おそらくサンディの言っていたハリーという男よりは先に荒野鼠と出会すだろう。経験的に洞窟の中で銃撃戦が危険な事を知っていたフィアーはナイフに手を掛けた。跳弾が何処へ飛ぶか分からないからだ。奥へ進むと灯りの中で金属同士がぶつかり合うよりも高い音が響いてきた。
「おやおや、多勢に無勢? 感心しないなぁ。」
「何? 助っ人か? 構う事ぁね… 」
フィアーの声に気づいて振り向いた荒野鼠たちは、その顔を見て凍りついた。
「や、やべぇっ! 死神だっ! 野郎ども、ずらかれっ! 」
よほど慌てたのか荒野鼠たちは何も盗らずに逃げ出していった。
「余計な事、しないれよ。パパが、みんなやっつけるとこだったんだかやっ! 」
声の主は荒野鼠と戦っていた男の後ろから現れた幼女だった。
「駄目だよ、ルリ。この人はパパたちを助けてくれたんだから。」
助けたと言われるとフィアーは少々、くすぐったい気もする。荒野鼠に声を掛けただけで何もしてはいないからだ。それにフィアーと会うのは初めてである。フィアーからすれば、もしかしたら硝石や水晶を狙う別の賊かもしれないとは考えないのだろうかと思う。
「あらためて礼を言うよ。僕はハリー。で、こっちがルリ。さっきの盗賊が死神って呼んでたって事は君がフィアーなんだろ? 」
こう本人が思っている以上に死神ニアリーイコール、フィアーの図式が浸透しているとは苦笑するしかなかった。
「あぁ、俺がフィアーだ。俺を見て怖がらないとは珍しい子だな。」
「パパが居れば、お前なんか怖くないよぉら。」
ルリが即答した。
「すまないな、怖いもの知らずなものでね。」
そう言うと脇でハリーがすまなそうに頭を下げていた。
「取り敢えずサンディからの依頼は盗賊を追っ払う事と、お前さんを連れてく事だ。一緒に来て貰えるかい? 」
「サンディが? … そうか。分かった。」
若干、何かを思ったようだったがハリーは頷くとルリの手を引いてフィアーと共に水晶窟を出た。すると其処にはアイゼンが側車のような座席を設けて待っていた。
「準備がいいな、アイゼン。」
そう言ってフィアーがシートに座るとハリーは、また何かを思ったように立ち止まっていた。