第22話 領主の娘
結局、周囲の人間やルミーナが止めたにも拘わらず領主は街の入り口へと立っていた。フィアーが居る事を失念した訳ではないが行方知れずになっていた娘に少しでも早く逢いたかったのだ。
「ミストレイルっ! 」
ミスティの姿に直ぐに駆け寄って抱き締めたかった領主だったが、隣のフィアーから感じる畏怖で足が進まない。
「御無沙汰しております。」
表情を緩める領主に対してミスティは眉1つ動かさずに会釈した。
「か、堅い挨拶は抜きにして、こちらに来て顔を見せておくれ。」
しかしミスティは軽く首を横に振った。
「今、私はゼノヴァで御世話になっています。恩を仇で返すような真似は致しかねます。本日は領主様にゼノヴァ侵略からの撤退をお願いに参りました。」
丁寧に頭を下げるミスティだったが領主も、そう簡単には引き下がれない。
「あの町は父さんが治めた方が皆の為なんだ。そこに居る死神に脅されてるんじゃないのかい? 今、父さんが助けてあげるからね。保安官っ、保安官っ! 」
父さんが助けると言いながら保安官を大声で呼ぶ姿を見て、ミスティは失望したように溜め息を吐いた。
「ふぅ… 。やはり自らの手で何とかしようとは、なさらないのですね。私は私の歌声を1人でも多くの方に届けたくて家を出ました。街の大きなホールに、お父様の顔色を伺いながら高額のチケットを買って来る方々よりも、たとえ路上であっても真に私の歌を聴いてくださる方の為に。人を指図するだけで自ら行動なされないお父様には、御理解頂けなかったようですが。」
動揺を見せる領主の横に、ルミーナがやってきた。
「ミストレイルっ! その男は凶悪な殺人容疑の手配犯です。その男をおとなしく引き渡せば姉として、あなたがあちこちの町を巡って歌いたいという夢を邪魔しないと約束するわ。」
妹思いの姉のふりをしながら、ルミーナはミスティを父親から遠ざけたかった。ミスティには、そんな事はどうでもよかったのだがフィアーを引き渡す訳にもいかない。
「姉さん、彼が誰を殺めたと? 」
「そいつぁな、モルスってぇ男を殺したんだよっ! 」
ようやっと領主に讒訴した保安官が現れた。フィアーは恐いがミスティの居る場で銃撃戦にはならないだろうという安心感からか態度が大きい。しかし、その足元にいきなり銃弾が飛んできたものだから驚いて腰を抜かしてしまった。
「お、よく避けたな。」
突然、馬に乗って現れた男が嘯いた。避けたとは言ったが、端から保安官を狙ってはいない。
「モルス!? 」
男の顔を見て最初に声を挙げたのはルミーナだった。帽子を深く被って顔が見えていないにも拘わらず。つまり、この時点でルミーナはモルスと面識があると白状したようなものだ。モルスが帽子を取るとフィアーが苦笑した。
「お前、なんで、まんまなんだ? 」
まんまとはモルスの顔は以前のままであったからに他ならない。フィアーはモルスを医者に預けた際に顔を変えてくれと頼んだのだが。
「あん… 顔か? 医者に確認された時に断った。人の顔を勝手に変えようとしてんじゃねぇよ。これでも気に入ってんだぜ。」
殺された筈のモルスが現れてはフィアーの容疑は成り立たない。
「俺を殺そうとしたのは、その保安官だ。」
モルスに指差された保安官は逃げ出そうとして別の保安官に取り押さえられた。
「で、そもそも俺を雇ったのは、そこのお嬢さんだ。」
今度はモルスの指先はルミーナに向けられた。そして領主や街の人々の眼も。
「し、知らないわっ! 」
しらを切ろうとしたルミーナに、モルスが一枚の羊皮紙を取り出した。そこには依頼の内容とルミーナのサインがあった。もちろん内容が内容なので支払い不備があっても裁判を起こす訳にはいかないが裏切りの抑制にはなる。モルスからすれば街の保安官に殺されそうになった時点で契約不履行だ。
「ち、違うの。私はお父様の為を思って… 」
「話は後で聞く。お前は謹慎していなさい。誰か、ルミーナを連れて行け。」
いかに叫ぼうとも領主の命令は絶対である。ルミーナは問答無用で連れて行かれた。
「どうやら迷惑を掛けたようだ。お詫びのしるしに食事に招待したいのだが? 」
するとフィアーが吹き出した。
「おいおい、冗談か? それとも策略か? 手前ぇの顔にはゼノヴァは諦めないって書いてあるぜ? 」
図星を突かれたがミスティの手前、何と返すか領主も戸惑っていた。
「だから、あの町は父さんが治めた方が皆の為なんだよ。」
結局は先程の言葉を繰り返さざるを得なかった。しかし、それをミスティが認める訳もない。
「お父様、皆とは誰を指すのですか? 今、ゼノヴァの町に平穏に暮らす人々は皆ではないのですか? 」
「ゼノヴァの町の人々は、この街に引っ越して貰う。服や食材もある。医者も居る。問題ないだろう? 」
これはミスティからすれば想定内の答えであった。
「物の豊かさが心の豊かさではありません。それに、もしお父様の口車にあの町の人々が乗せられたとしても、私はあの町を守ります。」
ミスティの毅然とした態度に領主も苛立ちを隠せなかった。




