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砂雪姫  作者: 凪沙一人
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第21話 砂漠の幻獣

 ビブリアは何やら図鑑を取り出した。

「まずは砂蟲あたりかな。」

 領主の送り出した兵団は視界の悪い霧の中を進んでいた。そこへ遠くから地鳴りのような鈍い音が近づいてくる。

「な、なんだ? なんの音だ? 」

 やがて地鳴りだけではなく大きな振動が伝わってきた。

「なんかヤバくねぇか? 」

 動揺は振動と共に広まっていった。騎兵隊はともかくも、一皮剥けば盗賊団の私兵たちは逃げる算段を始めていた。そのタイミングを見計らったように砂の中から巨大な蚯蚓ミミズのようなものが何匹も頭を擡げた。こうなると騎兵隊であっても逃げ出す者も出てくる。保安官はといえば逃げようにも腰が抜けて動けずにいた。その様子をミスティの水鏡で見ながらビブリアは嘲笑していた。

「いや、失礼。別にミスティの父君を笑った訳ではないんだ。ただ、こちらの策が、あまりにも見事にハマったものだからね。」

 するとミスティは静かに首を横に振った。

「お気になさらずとも結構です。数の差が時に戦力の差ではないと理解してくれれば、いいのですが。」

 だが、ミスティの希望どおりにはいきそうもない。一部の気骨ある騎兵隊は隊の建て直しを図り、このくらいの事で大金を逃したくない私兵も何人かは残っていた。

「なるほど。砂蟲くらいでは動じない者も居るか。では砂竜ではどうかな? 」

 ビブリアが図鑑の頁を捲ると兵士たちの耳には不気味な咆哮が聞こえてきた。やがて上空から迫る影は数匹の砂蟲を影1つで覆ってしまった。やがて砂漠に降り立った影の主が再び咆哮を挙げると残っていた馬たちは騎兵を振り落として逃げ出していった。爆弾馬車を引いていた馬も逃げ出してしまい、もはや残された兵士たちも散り散りに逃げ惑うしかなかった。

「やはり人間より馬の方が行動が正直なようだ。多少の残存兵が居たとしても問題無いだろう。ボクやサンディで何とでもするからサンディたちは予定どおりに頼むよ。」

 ビブリアに言われてミスティは静かに頷いた。店を出るとフィアーがアイゼンに跨がって待っていた。

「しっかり、ボディーガードは頼んだよ。」

 フィアーはビブリアにつまらなそうな視線を向けた。

「貴様の策に乗る訳じゃねぇ。サンディの頼みだから引き受けただけだからな。」

 そう言い放つとフィアーはサンディを乗せてアクセルを吹かして走り去っていった。

「やはりサンディに頼んで貰って正解だったね。」

 後から出てきたサンディは苦笑した。

「でも彼、きっと気づいてるわよ。ビブリアがあたしに頼ませたって。」

 すると今度はビブリアも苦笑した。

「だろうね。それでも今回の役目はフィアーにしか出来ない。引き受けてくれるなら、たとえ見え見えな手段だとしても彼の建前は立ててあげないとね。」

「ふぅん。長い間、蜃気楼図書館ミラージュライブラリーに引き籠っていたわりには対人対応が出来るのね。」

 サンディはそう言って店の中に戻っていった。

「ふむ。ボクは別に対人恐怖症でもコミュニケーション障害でもないのだがな。ただ、人付き合いが面倒臭いから嫌いなだけなんだ。出来ないのではなく、進んでやりたくはないだけなんだよ。」

 ビブリアとしてはサンディに言われた事に納得がいかなかったのだろう。聞いてもいないのを承知で弁解を口にした。ともかく、フィアーとミスティを乗せたアイゼンは一路、領主の居る街へと向かっていた。

「大丈夫か? 」

 アイゼンのハンドルを握ったまま、フィアーはミスティに声を掛けた。おそらくはアイゼンのような乗り物は他には存在しない。つまり乗り慣れないどころか初めて乗るのだから気分が悪くなっていないか気にはなっていた。

「はい。馬車よりも揺れませんし。」

 それはそうだろう。アイゼンは車輪ではなく浮遊している。砂利道であろうと悪路であろうとガタガタと揺れる事はない。フィアーもミスティに気をつかってアクセルを全開にはしていない。ミスティの返事を受けてフィアーは少しスロットルを開けた。厳密には構造的にオートバイと同じではないのだが。ややスピードを上げたが車輪は無いので砂塵を巻き上げる事はなかった。それでも街に近づいている事は見張りに気づかれた。

「死神が近づいて来ますっ! 」

「飛んで火に入る夏の虫だな。包囲が出来ないなら、死神を捕まえてゼノヴァの町長を誘き出してやる。町長に町の運営を此方に委ねさせれば、後は何とでもなる。」

 見張りからの報告に領主はバルコニーからライフルを構えてスコープを覗き込んで震え始めた。

「どうなさったんで? こっちで何発か死なない程度に撃ち込んでやりましょうか? 」

 すると領主はいきなり見張りの胸ぐらを掴んだ。

「撃ち込むだと? バカ者っ! 一発たりとも発砲してはならんっ! 死神の隣にはミストレイルが… 娘が乗っているんだ。当たったら、どうするつもりだっ! 」

 領主の声を陰で聞いていたルミーナは眉を顰めた。

(なんで、あの娘が、このタイミングで出てくるのよ? お父様も財産も街も何も渡さない。ずっと、お父様の側に居たのは私なのよっ! )

 一度はルミーナも慣れない銃を構えたが、バレれば領主から咎められるのではないかと思うと引き金を引く事が出来なかった。

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