第16話 襲撃の天死
ハリーも何かを悟ったようにフィアーの方へ向き直った。
「こんな相手では、弱すぎますか? 」
「少なくともサンディが集めた面子が相手するにはな。」
フィアーの言う事はもっともである。サンディの銃器、アイゼンの機動力、その両方を操るフィアーが居れば、それだけで盗賊一味を退けるなど雑作もない事だろう。逆に、この為だけにサンディが人集めをしていたとは考え難い。
「気になりますか? 」
どこまで話してよいものか迷ったハリーは聞き返した。
「当たり前ぇだろ。こちとら刺されても撃たれても死ぬかもしれねぇんだ… 。あ、いや、悪ぃ。」
少し言い過ぎたとフィアーは思った。ハリーにしてみればルリの事がある。生き死にの話しをするのは少々、複雑かもしれない。
「いえ、フィアーが命懸けでサンディを手伝っているのは理解っているつもりです。お話ししましょう。おそらく、ここ数件の盗賊による襲撃は小手調べだと思います。」
淡々とハリーが答えた。
「そういや前にサンディが、盗賊たちのが装甲馬車の素材をどうやって手に入れたのかとか、遺跡に載ってた武器だとか気にしてたっけな。」
「そこまでなら僕を呼びに来たくらいで済んだのでしょうが、そうもいかない気配ですしね。」
ハリーが語るには装甲馬車までなら遺跡から出土した物の加工品だが新型装甲戦車となると改造品である。しかし、この時代の技術では遺跡の発掘品を改造出来るとは思えない。盗賊たちの後ろで街の資産家が蠢いているとして、その資産家に技術提供している者が居ると疑われる、という話しだった。
「そんな大昔の技術を知ってるって事ぁ、お前らの同類か? 」
「そこまでは何とも。ビブリアのような人間も居ますからね。」
ビブリアは例外中の例外だとフィアーは思った。しかし、1つの実例が居る以上、他の例外が無いとは限らない。
「当面、様子を見ながら探るっきゃねぇな。よし、帰んぞ。」
「え!? 」
フィアーの切り替えの早さにハリーは戸惑った。
「帰りが遅ぇとルリが心配すんぜ? 」
「あ、はい。」
先にアイゼンに跨がったフィアーを追うようにハリーも乗り込んだ。崖の上では、そんな二人と一台を見送る二つの陰があった。
「あの口の動きからすると半分当たりってとこか? ボソボソ喋りやがって。こんな遠眼鏡じゃ読みきれやしない。どのみち、あの街の金蔓は潮時かもしれないな。」
一人の男が呟いた。
「まったく、あんな田舎町ひとつ落とせないなんて、だらしないんよねぇ。」
「相手が相手なんだ、仕方ねぇんじゃないか。」
ぼやく女を男が諌めた。
「金、稼ぐだけは才能あったんだけどねぇ。盗賊雇って新型装甲戦車の材料も改造技術も提供してやったのに、あんなに簡単に終わるって何? 信じられないでしょ。砲弾ひとつ撃ち込めていないなんて、ありえなくない? 」
女は不貞腐れていた。
「けど、俺を呼んだって事は予想、ついてたんだろ? 」
男に聞かれて女は頷いた。
「まぁね。そもそも私は父の案には反対だったのよ。金儲け以外に頭の回らない奴や盗賊なんかに最新技術なんて与えるだけ無駄だって。きっと頭ん中は行方知れずの妹のミストレイルの事で一杯なんだわ。」
男には妹に対する妬きもちにしか見えないが口にはしなかった。
「領主も娘に掛かったらボロクソだな。」
「あんたも天死なんて二つ名が伊達じゃないってとこ、見せてよね。」
天死と呼ばれた男は苦笑した。領主の令嬢が悪役のような事を言う。しかし天死と呼ばれた男にとって、あまり依頼人の善悪はどうでも良かった。ただゼノヴァを落とせば火薬製造の拠点となる土地が領主は手に入る。平時の財力、戦時の武力、通じて権力を手に入れる事が出来れば、この時代では勝ち組といえる。姉妹でありながら討ちたい姉には戦闘中の事故が起きても疑われない。そして死神フィアーと一度、勝負をしてみたかった天死と呼ばれた男には断る理由は無かった。利害関係の一致というやつである。
「取り敢えず、挨拶ぐらいはしてくるか。」
「そうね。妹のミストレイルなんかよりも、このルミーナの方が父の役に立てるって事を知らしめるチャンスよね。」
ルミーナの頭の中は父親の信頼を勝ち取る事で一杯だった。そして、この時はまだ、ゼノヴァの町に妹のミスティことミストレイルが居る事を知らなかった。
「そうと決まりゃ、行ってくる。」
「ちょっと、1人で行くつもり? 最新鋭の装甲戦車でも歯の立たなかった相手よ? 」
驚くルミーナを天死と呼ばれた男は鼻で笑った。
「フン、つまり戦車なんざ使わねぇ方が強ぇって事だろ? どんだけ強いか、このモルス様が確かめてきてやるよ。」
モルスは飛び乗るように馬に乗ると脇腹を蹴って走り去った。
「まったく、なんて勝手な男かしら。でも、まぁいいわ。あの田舎町の小娘町長と死神がどうでるか。少しでも情報が得られれば、きっと父もお喜びになるに違いないもの。フフ、フフフ、フハハハハッ! 」
崖の上にルミーナの高笑いが響いていた。




