第15話 水晶の剣
「たかが田舎町ひとつ潰すのに、本当に戦車三台も要るんですかい? 」
街から程近い洞窟の中で荒野鼠の一団は出撃の準備をしていた。新型だけあって操作も複雑な部分もある。そして、そこには三台の新型装甲戦車が出陣を待っていた。
「お前も砂蠍の話しは聞いているだろう? それに砂雪姫が死神の他にも妙な連中を集めてるって噂だ。獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすと言うだろ。多少、出費は嵩んだが、あの町を落とせば何十倍にもなって返ってくるんだ。損して得取れってな。ガッハッハ。」
荒野鼠の頭目の疑問を金持ちは笑い飛ばした。荒野鼠の頭目も合わせるように笑ってはいたが目は笑っていなかった。
「明日の朝には出撃して貰うからな。グズグズして他の奴らに先を越されては敵わんでな。」
金持ちの男は、そう言い残して洞窟から出ていった。
「野郎どもっ! 引き際は間違えるなよっ! 」
頭目の言葉に盗賊たちは黙って頷いた。そもそも、この街の市民でもなければ金持ちの部下でもない。普段なら金の切れ目が縁の切れ目の関係だが、相手が死神フィアーとなれば命あっての物種である。利害関係が一致しているようでいて微妙にズレている。前線に出たこともない金持ちは、そんな事に気づく事もなく夜は開けた。
「行ってこいっ! ゼノヴァの町を更地にしてしまえっ! 」
安全な街の中で、ただ吠えているだけの金持ちを鼻で笑って荒野鼠は出撃した。雇い主と違い新型装甲戦車は意外と高性能ではあった。四頭立ての馬の力を歯車が効率よく車輪に伝え20馬力程には感じたろうか。しかし、ほどなく進むと二つの人影が鉄の乗り物に乗って待っていた。
「ビブリアの言ったとおりでしたね。」
ハリーはさほど意外でもなさそうであった。
「洞窟を見つけたのはソアラとエオリアだ。場所さえわかればミスティの水鏡に映しだせる。まぁ、あの本好きも少しは役に立ったかもしれないけどな。」
フィアーとしては、あまりビブリアを認めたくなさそうではあった。
「お、お頭っ!? 」
装甲戦車の前を砂嵐と霧と蜃気楼が層となって行く手を阻んだ。
「撃て、撃て、撃てぇ~っ! 方向は合ってるんだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってもんだっ! 」
頭目の言葉に三台の装甲戦車は次々とゼノヴァの方角に砲弾を放った。しかし霧に照準を狂わされ、砂に威力を削られ、砲弾が蜃気楼を通過する事は無かった。そして、二発目が放たれる事は無かった。
「手前ぇら、何してやがる? 早く… つ… ぎを… 」
新型装甲戦車自慢の超長距離砲の砲身はハリーによって切り落とされていた。
「これではゼノヴァまで弾は届きませんね。」
ハリーの浮かべた冷笑に荒野鼠の頭目は背中に冷たいものを感じた。
「そいつ、日本刀か? 」
フィアーもハリーの得物を見るのは初めてだった。
「形状は似ていますけど水晶刀です。間合いが短いので拳銃くらいならいいんですが、大砲相手となるとアイゼンのような機動力が必要になります。サンディたちが盗賊を暗中模索、五里霧中にしてくれたのも大きかったですよね。」
「まぁ、こっちは視界良好だったしな。」
フィアーたちが会話中にも関わらず、盗賊たちは襲い掛かろうとはしなかった。寝込みを襲われても返り討ちにしてきたフィアーに隙など無い。ここで襲って返り討ちに合うなど、真っ平ごめんという奴である。
「… まだ居たのか? 」
「えっ!? 」
フィアーから予想外の言葉を投げ掛けられて荒野鼠の頭目は戸惑っていた。
「これだけ逃げる隙を作ってやってんだから逃げりゃいいじゃねぇか? 」
あんな無駄話程度で隙なんか無いだろうとは思ったが、フィアーがその気になっていたら、すでに、この場で荒野鼠は壊滅していただろう。
「み、み、見逃してくれるのか? 」
「俺が受けた依頼は、お前らを追っ払う事だからな。俺の気が変わる前に失せろ。んで、二度とあの町に手を出すな。」
「し、し、死神にし、しちゃあ甘ぇ事、言うじゃねぇか。ん、ん、だが折角の御厚意だ。う、受けてやる… 野郎ども、ずらかるぞっ! この辺りは金持ちの目が届く。このまま、この砂漠とはおさらばだっ! 」
盗賊としては、よく統率がとれている。頭目の指示で一斉に逃げだした。
「さすがに鼠ですね。危険となれば一斉に逃げだすというのは。」
呆れているのか感心しているのか、ハリーの態度はよく分からなかった。
「どうする? その刀で刻むか? 」
ハリーもフィアーが本気なのか冗談で言っているのか掴みかねた。
「遠慮しておきます。後ろの装甲馬車には予備の砲弾や火薬も積んでいるようですし。下手に水晶刀で斬りつけて爆発でもしたら、この体、死にはしませんが修復に時間が掛かりそうです。それではルリに心配を掛けてしまいますからね。」
「いや、それより俺がもたねぇ… 。」
そう言ってフィアーが引き金を引くと新型装甲戦車も装甲馬車も、その積み荷も全ては砂と化して風の前に散っていった。
「さて、帰りましょうか。」
「その前に1つ聞きてぇ。」
フィアーはアイゼンに乗ろうとするハリーを呼び止めたのだった。




