第13話 蜃気楼
どうやら知っているのはサンディ、フィアー、そしてミスティの三人だけのようだった。
「御存知というほどの事はないのよ。凛としていて優秀な司書の方なんですけど… ちょっと癖があるかなと。」
「おいおい、蜃気楼図書館の魔女がちょっと癖だぁ? そんなオブラートに包んだような事言ってると後でソアラが面喰らうぞ? 」
「あんたにゃ聞いてなぁいっ! 」
一応、フィアーはソアラの為と思って言ったのだが、ソアラにとってはミスティの言っている事の方が是である。
「蜃気楼図書館ね。幻想図書館とか砂上の楼閣ならぬ幻覚とか呼ばれていて、正式な名前は辿り着いた者しか知らない筈なんだけど、フィアーは行ったことあるのかしら? 」
ここ五百年ほどゼノヴァの町から出ていないサンディも正式な名前は知らなかった。
「合っていると思います。彼女もそう言っていましたから。」
彼女というのはミスティの言うところの司書でありフィアーの言うところの魔女である。
「ミスティも行ったことあるのね。まぁ、フィアーと図書館よりは、しっくりくるわね。」
確かに歴史どころか学問全般苦手だと言うフィアーに図書館はちょっと不似合いかもしれない。
「あぁ。本にケチつけたんで、あの魔女とも少し揉めたっけな。」
どうやらフィアーには何かにつけて揉め事は付いて回るらしい。
「魔女だの司書だの判り難いからビブロフィリア… 略してビブリアに統一して。」
「ビブリア? 魔女の名前か? 」
フィアーが訝しげに首を捻った。図書館の名前を知らないサンディが司書の名前を知っているのは妙に感じたからだ。
「正確には、あたしが知っているのは母親。まだ図書館を設立する前だったわ。もう三百年は前になるかしら。」
「なんだ、あいつも人間じゃねぇのか。」
母親に会ったのが三百年前も前だと聞かされれば、そう思うのも無理はない。しかし、サンディには親が存在しない。敢えて言うなら、この星という事になる。
「ビブリアは人間よ。それもフィアーの言うとおり魔女。」
サンディの言葉にフィアーは自分の耳を疑った。ミスティは半分だけが人間であり、ソアラはサンディの言うことを疑わない。自然、フィアーだけが驚く事になる。そもそもフィアーがビブリアを魔女と呼んでいたのは揶揄していたつもりだった。まさか、この時代に本物の魔女が存在するとは思っていなかった。
「そのぉ、なんだ。魔女なんて者が今時、居るのか? 俺が見た時だって魔法らしきもんは使わなかったぞ? 」
ビブリアに会ってはいても魔法は見ていないフィアーには俄には信じ難い話しだ。
「そもそも図書館と呼ばれているけど、いつ消えるかわからないから返却出来ない。だから貸し出しもしてないわ。あれはビブリアの膨大な蔵書を運ぶ為の巨大な書庫なのよ。そんなものが、どうやって砂漠をあっちこっち移動してると思う? 」
「なるほどね。性格はともかく戦力にはなりそうだ。」
確かに移動系の魔法なら、移動戦車よりも射程の短いフィアーたちには有効かもしれない。
「て事でソアラ、宜しくね。」
「はいっ! ソアラ、行っきまぁすっ! 」
エオリアを背負うとソアラは勢いよく飛び出して行った。
「闇雲に飛んで見つかるもんなのかねぇ? 」
見送ったフィアーがポツリと洩らした。巨大な図書館とはいえ神出鬼没。ゼノヴァのある砂漠も広大な面積がある。上空から人間を探すよりははるかにマシかもしれないが、そう簡単とも思えなかった。
「ビブリアの処の自動筆機がソアラを感じてくれれば向こうから現れてくれると思うんだけどね。」
「それは残念だね。大きさが格段に違い過ぎるからサンディの気配を先に感じてしまったようだ。」
一瞬、フィアーの手がホルスターに伸び掛けた。
「ビブリアっ! 」
「ビブリアさん。」
いつの間に、何処から現れたのか。声の主にフィアーとミスティが同時に声を挙げた。
「ふむ。死神はどうでもいいけど謡姫ミストレイル嬢に愛称であっても名前を覚えて頂けたとは光栄だね。」
確かにミスティの言ったとおり凛とした佇まいをしている。
「貴女がビブリアならソアラを呼び戻した方がいいかな。」
ハリーの声にビブリアはくすりと笑った。
「大丈夫だよ。彼女はごく普通の人間だから食い気と眠気、それに排泄には帰って来るのだろう? 」
そう言ってビブリアは視線をサンディに移した。
「相変わらず最悪の性格しているようね。先代ビブロフィリアが嘆いていた訳よ。ソアラが出ていく前から聞いていたんでしょ? 」
呆れたようにサンディもビブリアを見返した。
「母が何と言っていたのか知らないけどボクはボクだ。確かに最初から聞いていたんだけどサンディが性格が最悪とか言うから乗っただけさ。サンディこそ母から聞いていたとおりのようだね。」
少しピリピリした空気にミスティが割って入った。
「ソアラさんが行く前から聞いていらしたのなら状況はお分かりだと思いますが、お力をお貸し頂けますか? 」
ミスティの問いにビブリアはすぐには答えず、少し考え込んでいた。




