第11話 霧と風
突然、飛び出していったフィアーを見てハリーとソアラはルリを連れて店に戻ってきた。二人ほど、近所の子供も一緒だ。
「何かあったのですか? 」
ハリーの質問にサンディは答えずに子供たちへ視線を向けた。何かあったが子供たちには聞かせられない、そういう事なのだと判断した。
「ちょっと、外の空気を吸ってきます。ソアラさん、エオリアを貸して貰えますか? 」
「えっ? 私でないと飛べ… いんや、ミストレイル様なら、御自由にお使いくださいませっ! 」
エオリアも突っ込もうかと思ったが町の子供たちが居る場所では憚られた。ソアラもいざとなればエオリアが何とかしてくれると思っていた。ただ、エオリアが居なければソアラも普通の少女に過ぎない。サンディは取り敢えず、ルリや子供たちの面倒を任せる事にした。その間にミスティはエオリアを手に物見櫓の上に登っていた。
「何をする気だ? 」
長くソアラとしか行動してこなかったエオリアにはミスティが何をしようとしているのか見当もつかなかった。
「まずは装甲戦車を霧で包み込むの。フィアーが近づく前に撃たれないようにね。的が見えなければ当たらないでしょ? それで、フィアーの射程になったら謳うから、エオリアには歌を戦場に届けて欲しいの。」
ミスティの答えを聞いてもエオリアには意図が掴めなかった。
「霧で奴らの視界を奪うってのはわかるけど、謳うってのがよくわかんねぇんだが。」
「フフッ、見ていれば分かると思いますよ。」
ミスティがゆっくり手を水平に開くと砂蠍の装甲戦車の周りに霧が立ち込め始めた。
「お頭っ、何も見えねぇっすよ!? 」
装甲戦車内の子分たちは動揺した。戦車というだけあって、この時代の移動兵器としては巨大といえる。このままでは的にされるのではないかという不安に刈られていた。
「ビクつくな野郎どもっ! 相手が見えねぇのは向こうも同じだっ! 」
砂蠍の頭目の判断は間違ってはいない。ただし、これが自然現象ならばの話しだ。
「当たったっ! 大砲が崩れていきやすっ! 」
「さすがに図体がデカいだけあって一撃じゃ無理か。」
まずは砲撃が出来ないよう、フィアーは砲身を潰した。その頃、ゼノヴァの物見櫓の上ではミスティが勇壮な歌を謳っていた。その姿を惚けて見上げるソアラをサンディも呆れていた。
「結局、子供たちはハリー任せなのね。」
戦場ではフィアーがアイゼンのアクセルを全開にして装甲戦車の横に回り込み左の車輪を潰していた。
「なんか調子がいいじゃねぇか。」
初めてアイゼンに乗った時のような、ぎこちなさは感じなかった。ドリフトのようにテールを砂の上を滑らせ回り込むと右の車輪も潰した。
「お頭っ、何が起きてんですかい!? 」
装甲戦車の中から声を掛けられた頭目は固まっていた。
「し… 死神… 」
頭目の目の前には銃器を担いだフィアーが立ち塞がっていた。
「お前が頭目か。偉ぇ奴が先頭に立つってのは嫌いじゃないがな。褒美に選ばせてやるよ。ここで砂に埋もれるか、尻尾巻いて逃げるか。」
「誰が… 」
反論しようとした頭目の目の前でフィアーは無言で銃器のポンプを動かした。普通の銃ではないので装弾を必要としない反則のような銃だ。
「誰が埋もれるなんて選ぶもんか… もんですか。野郎ども、退却だっ! 」
「お頭、装甲戦車は? 」
「車輪も無いのに押していける訳、ねぇだろっ! 逃げんぞっ! 」
砂蠍の一団は結局、何もできずに逃げ帰っていった。
「さてと。粗大ゴミの不法投棄はいけないねぇ。」
フィアーが引き金を引くと、残っていた装甲戦車の残骸は跡形もなく砂鉄となって崩れ落ちた。するとアイゼンが自走して砂鉄の上に停まった。
「何やってんだ? 」
「鉄分の補給だ。これ程まとまった鉄は、この砂漠では中々ありつけぬでな。もういいぞ。戻るとしよう。」
フィアーは銃器を砂に返すとアイゼンのハンドルを握った。
「はいはい。帰ったらミスティとエオリアに礼、言わねぇとな。」
「ふっ、気づいておったか。」
「まぁな。」
それ以上、二人は多くは語らなかった。ゼノヴァの町の門をアイゼンが通過すると門は閉じられた。
「お疲れさん。」
サンディが出迎えると後からミスティがフィアーに歩み寄っていった。それまでミスティに寄り添っていたソアラは悔しそうに遠巻きに見ている。
「御二方とも、御苦労でした。癒しの唄でも謳いましょうか? 」
「いや、遠慮しとくよ。相当ソアラに恨まれてるからな。それに… 喉も楽器も大事にしなよ。」
確かに砂漠の中での歌唱は喉にも楽器にも優しいとは思えなかった。
「フフッ。バルバットの心配までしてくださるなんて死神の二つ名に似合わず、お優しいんですね。」
「ばぁか。んなんじやねぇよ。次、必要な時に謳えねぇと困るだけだ。」
そう言ってフィアーは自室に引き揚げた。
「くぅ~っ! 天下のミストレイル様に向かってばぁかとは… や、奴が死神フィアーでなければ、とっちめてやるものをっ! 」
独りで憤るソアラにミスティは苦笑していた。




