第10話 装甲戦車
「運が悪かったわね。さっき聞いたとおり、今この町は狙われているの。だから訪れるのは流れ者と、貴女と一緒に来た商会の馬車くらいなものよ。こんな状況でなければフィアーとアイゼンに送らせるところだけど、戦力を割く余裕もないし。悪い事言わないから次に商会の馬車が来たら街に戻ってから他所を目指すといいわ。」
ミスティがゼノヴァを経由して別の街に行くつもりだったと聞いたサンディが警告したが、以外にもミスティは愛用のバルバットという弦楽器を撫でながら、ゆっくりと首を横に振った。
「せっかくの御忠告ですが、私の中のミストがお手伝いしたがっているようです。」
「どういう事!? 」
思いもかけないミスティの言葉にサンディも驚いた。
「旅の途中、日射病と脱水状態で危なかった時、偶々ミストが私に手を差し伸べてくれたんです。」
「ミストと話せる? 」
「ほぼ同化してしまっているので、私を通してになりますけど… 」
サンディとミスティの会話についていけないフィアーは首を捻った。ソアラはもっと、ちんぷんかんぷんだ。
「つまり、ミスティの中にもう1人居ると? 」
会話の流れからフィアーはざっくりと感じた事をぶつけてみた。
「1人… そうですね。人ではないので1人という言い方が適切かは不明ですけど。」
「サンディ、知り合いか? 」
ミスティの答えからフィアーは、それがサンディやアイゼン、ハリーの同類と判断した。
「まぁ知らない仲じゃないけどね。属性が違うから、そんなに親しくもないわ。」
「ハリー、ソアラとルリちゃんと外で遊んであげて。」
「えっ、あ、うん。」
ハリーは少し戸惑ったようだったが二人を連れて店の外に出た。店の外に遊ぶような場所は無いが町に他に子供が居ない訳でもない。他の子供に会わなくてもソアラが居ればなんとかするだろう。逆にフィアーが居ては他の子供が居たとしても近づいて来るとは思えなかった。
「さてと。確かに砂と違うってのはわかるけど… まさか人間の中ってのはどうなの? 」
そう問われてもミストが直接返事をする訳ではない。そこへ、いつぞやの少年が飛び込んできた。
「うわっとっとっ! 」
やはりフィアーを見るなり前回同様、腰を抜かしてしまった。
「少しは慣れろよ、少年。」
フィアーは呆れていたがミスティが手を差し伸べた。
「慣れろと言われても普通の人には無理よ、ねぇ。大丈夫かしら? 」
つまり初対面ではないにしろフィアーに恐怖しないミスティは普通ではないと言っているようなものだ。
「何があったの? 」
ミスティに見とれていた少年はサンディの声に我を取り戻して自力で立ち上がった。
「なんか、でっかい鉄の塊みたいなのが町の外に見えるんだ。まだ少し遠いけど… 」
「荒野鼠? だとしたら、やけに早いわね。」
ソアラから話しを聞いて昨日の今日だ。行動が早すぎる。
「お水を一杯、頂けますか? 」
「こんな時に… いいわ。」
何を思ったのか、ミスティの要望にサンディは水の入ったボウルを差し出した。
「あれは… 旧式の装甲戦車ですね。周りに居るのは… 砂蠍。荒野鼠ではなさそうです。」
フィアーには、ただの水にしか見えないがミスティには何か見えているのだろう。
「その能力。どうやら、使えそうね。」
遮る物のない砂漠の中の町とはいえ、レーダーもセンサーも探知機も無いこの時代、遠眼鏡よりも遠くの様子がわかる能力は貴重だ。
「そんな事よりも旧式ってどういう意味だ? 」
装甲戦車自体を見たことの無いフィアーにとっては何が旧式で何が新型なのか区別がつかない。
「ここに来る前の町で聞いた噂程度なのですが、どこかの街の資産家が超長距離砲の四頭立て装甲戦車を開発しているそうなんです。それに比べると砲身からして射程は短いと思われます。ただでさえ最近、大きな街では遺跡兵器の発掘が頻繁に行われているとか。吟遊詩人としては平和な唄を作りたいので好ましくない状況ではあります。」
同じ放浪の身であっても人を避けてきたフィアーと、謡姫として人に求められてきたミスティでは自然と街の情報量が違う。
「太古の頃から思っているけど、人間とは懲りない生き物ね。これでも砂漠近辺の遺物兵器は片っ端に砂鉄にして撒いたんだけど。」
サンディは呆れ返っていた。
「いっそ全部、砂で飲み込むか? 」
「前に言ったでしょ。射たれようが吹き飛ばされようが刺されようが死なないあたしが人間に直接、手を下すなんて傲慢だって。そんな真似はする気もないし、したら町の人も困るし他の生態系も壊しちゃうからね。数世紀前に当時の文明だけ消滅させたのも、あたしたちじゃないもの。」
フィアーの冗談とも本気ともつかない問いにサンディはそう返した。
「悪ぃ。歴史どころか学問全般苦手なんでねぇ。俺はいつでも今を生きるので精一杯なんだ。まぁ、取り敢えず追っ払いに行くとするか。例の装甲を砂にしちまう銃、貸してくれ。」
「貴方ねぇ、いくら旧式でも戦車となれば向こうの方が射程は長いわよ? さすがに砂じゃ、そこまで長い砲身造っても自重で崩れちゃうし。」
「なら、こっちからアイゼンと近づくまでだ。」
するとサンディはフィアーに小さな砂岩を渡した。
「担いで行くの、邪魔でしょ? 今回はそれを核にして銃を形成できるから、上手くやって頂戴。」
「少しは用心棒らしいとこ、見せねぇとな。」
フィアーはアイゼンに跨がると砂蠍の一団に向かって飛び出していった。




