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私の好きは一方通行

 私の好きは一方通行。

 君は同じゼミの中で唯一違って見えた。

 他の大学生とは違う雰囲気を纏っていた。

 他の男子とは違う。落ち着いて、あまり周りと関わらないような君に惹かれていた。

 一匹狼のように見えて、人当たりがいいから周囲に浮くことはなく、むしろモテていた。

 君にはすごく好きな人がいるという噂を聞いた。

 けれど、付き合っている人はいないということも。

 そんな二つの噂が、頑張ってもいいとささやいてくる。この恋は諦めなくていいのだと。

 授業のグループワークで同じグループになったことをきっかけに話すようになった。実際は私が話しかけていただけだけれど。

 挨拶を交わす仲になったころに告白をした。

「ごめん、好きな人がいる」

 申し訳なさそうに彼が言った。

「でも、付き合ってる人はいないんでしょ」

「芹沢の気持ちはうれしいけど、俺は同じ気持ちを返せないから」

 私は諦めが悪い。彼に断られても、彼を追いかけ続けた。

 うんざりされるくらいにつけまわして、話しかけ続けた。

 彼にアタックし続けて数か月が経って夏になった。

 どうせ断られるだろうと思いつつ、花火大会に誘った。彼は一つ返事で了解してくれた。

 大学一年生の夏。初めて細川君とデートした。

 花火の帰り、彼に「付き合おっか」と言われた。

 耳を疑った。花火の音がまだ耳に残っている。

「いい、の」

 彼の言葉が信じられなくて、確かめる。

「いいよ」

「なんで」

 私のことが好きになったのか、とは聞けなかった。聞いたら幻になってしまうかもしれない。

「みなみの押しに負けたから」

「今、名前」

 初めて下の名前で呼ばれた。

「みなみ」

 さらっと言う彼に私は「玲弥」と呟いて、俯いた。表情一つ変えない彼に対して、私の頬は熱を持った。

「顔見せて」

 彼の言葉に顔を上げると、キスをされた。

 大学生の初めての夏は彼の言葉で特別な夏になった。

 彼の好きはもらっていないけれど、今はそれだけで満たされていた。

 もっと、私の名前を呼んで。

 もっと、近くに来て。

 もっと、抱きしめて。

 もっと、キスをして。

 もっと、私を求めて。

 もっと、君でいっぱいにして。

 日が経つごとに彼への想いが募っていく。溢れていく。

 いつか、君が私でいっぱいになってくれたらいいのに。

 けれど、その願いはかなわない。

 君と付き合っても満たされるのは私だけ。君はどこか遠くを見ている。

 私でない誰かを見ている。

 知っているよ。私に誰かを重ねていることくらい。

 ずっと、君だけを想っているのだから。

 好きで、好きでたまらないから。

 一緒にいられれば、それでいいと思っていた。

 私の想いを受け止めてくれるならば、君が誰を想おうとも。

 本当は、君の「好き」がほしい。

 誰かでない、私だけを見てほしい。

 私を想って、甘いキスを降らせて。

 本当のことを言ったら、君が離れてしまう気がして。

 君がぼーっとしているとき、きっと好きな人のことを考えているのだろう。

 そう思うと寂しくなって、名前を呼んでキスをする。

 彼は一瞬我に選ったような表情をするが、「どうしたの」と言って頭を撫でてくれる。

「キスしたい」

 私の言葉に彼はそっと唇を重ねる。

 もっと、と求めると彼も応えてくれる。

「好き、大好き」

 とめどなく溢れるこの気持ちに彼はただ頷く。

 彼がどこかにいかないように、私は彼をひたすらに求めることしかできなかった。

 彼と付き合い始めてから夏が過ぎ、秋が来て冬になった。平穏な日々が過ぎていくなか、私は少しの寂しさを感じていた。

 彼と一緒にいられて幸せなはずなのに。どこか満たされない。

 彼は私の家に来るばかりで、彼の家には言ったことがなかった。

 言ってもいいかと聞いてもいつもはぐらかされていた。

 今年度最後の授業日だった。明日からは長い春休みで、学校では会えなくなる。

 なぜ、彼は家に誘ってくれないのか。なにかやましいことでもあるのではないか。そう考えると不安だけが大きくなった。

「玲弥、今日はこれで終わりだよね」

 同じ授業を受けていた彼に声をかける。

「そうだよ」

「一緒に帰らない? 」

 彼はばつが悪そうに目をそらした。

「ごめん、今日はちょっと」

「バイト? 今日は休みだったよね」

「春休み、埋め合わせするから」

 彼はそう言って、すぐさま教室を出て行った。

 いつも彼が断わるときは理由を話してくれたのに、今日は何もなかった。気になってこっそりと彼の後をつけることにした。

 走って、彼の後を追いかけた。彼の姿を捉えて、足を緩めた。

 十五分ほど歩いたところで、彼があるアパートの一室に入っていくのが見えた。彼の部屋だろうか。その隣の部屋から一人の女性が出てきて、彼に続くように彼の部屋に入っていった。知らない人だった。大学生に見える彼女が呼び鈴を鳴らすと、扉が開いた。彼女が中に入ると扉が閉まった。

 私は一度も彼の部屋に入ったことがないのに。私が入ったことない部屋に入れる彼女は玲弥とどんな関係なのか。考えても答えはでないとわかっている。

 頭で考えるよりさきに足が動いて、彼の部屋の前まで行く。彼女が鳴らした呼び鈴には触れずにそのまま扉に手をかけた。一瞬、鍵がかかっている可能性が頭をよぎったが、扉はすんなりと開いた。

 足元には彼がよく履いているスニーカーと女性のサンダルが並んでいた。顔を上げると、玲弥が目を見開いて歩いてきた。奥にはさっき見た女性が座っているのが見えた。

「みなみ。なんで」

 その声は驚きと戸惑いが混ざっていた。

 その女性は誰なのか。なぜ、今日は一緒に帰ってくれなかったのか。なぜ、私は入れないのに彼女は玲弥の部屋に入れるのか。すべて聞いてやろうと思っていた。

 けれど、言葉が出てこなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになって、胸が苦しくなった。口を開くも声が出なくて、ただ目から涙があふれてきた。

 女性に目を向けると余計に涙が出てきて止まらなかった。

「ごめん。私帰るね」

 彼女はそう玲弥に告げて私の横を通り、部屋から出ていった。

 瞬間、足の力が抜けてその場に座り込んだ。嗚咽が漏れて顔を腕で隠すようにうずくまる。背中にぬくもりを感じて、顔を上げると彼がすぐそばにいた。彼の腕に包まれた。

「ばか、ばか、ばか、ばか」

 本当に聞きたいことは出てこなかった。

「ごめん」

 耳元で彼の苦しそうな声が聞こえた。

 彼は私が落ち着くまで抱きしめていてくれた。泣きすぎたせいか目が乾燥していた。深呼吸して息を整える。彼のぬくもりが離れていった。

「さっきの誰」

 枯れた声で問う。

「高校の同級生」

 玲弥はしゃがんだまま答える。

「あれが玲弥の好きな人? 」

 彼女が彼氏に好きな人を問うという状況は他人から見たらおかしいだろう。けれど、私たちの関係ではおかしくなかった。

「違うよ」

 彼は静かに否定した。

「俺が好きなのはみなみだけだよ」

 その言葉を期待したが、聞くことはできなかった。

 当たり前だ。彼が好きな人は私ではない。少しでも期待した自分がばかだった。

 彼の手が頬に添えられる。そのまま顔が寄せられて唇に触れた。

 機嫌取りの行動だろうと頭ではわかっていた。けれど、その行為だけがうれしくて。私も彼にキスをした。



 彼の部屋に突撃したあの日から、たびたび部屋に呼んでくれるようになった。少しだけ彼に近づけた気がしてうれしかった。

 半年の月日が流れたある日のこと。彼の部屋の机にハガキが置いてあるのを見つけた。それは高校の同窓会の案内だった。一月には成人式がある。二十歳という区切りに開かれるそれは私にも案内が来るのだろう。

 ハガキには彼が通っていた高校の名前が書いてある。

 ここには私の知らない彼が過ごした日々があるのだと思うと、縮まったはずの距離は少し遠くなった気がした。

「同窓会、行くの」

 ハガキを手に取り、聞くとすぐに返事が返ってきた。

「行くよ」

「来るの? 玲弥の好きな人」

 彼ははっと目を見開いた。

 彼はもう誤魔化すことはしなかった。

「なんで」

 どうして、そう顔に書いてあった。

「私、玲弥のこと好きなんだよ。わかるよ、そのくらい。玲弥が誰が好きなのか。誰を想っているのか」

「ごめん」

 謝るなら、初めから「付き合おう」なんて言ってほしくなかった。

 期待させないでほしかった。

「一度でも私のこと好きだと思ってくれた? 」

「一度じゃないずっと好きだった。けど」

「私よりも好きな人がいたんだね」

 レイヤは再び「ごめん」と言った。

「謝らないでよ。よけい悲しくなる」

 ただ彼の一番になりたかっただけなのに。たったそれだけが難しかった。



 ひと時の幸せと快感で満たされるには長い時間が過ぎてしまった。付き合っていればいつかは好きになってくれるだろうと頭のどこかで考えていた。やさしく抱きしめてキスをしてくれるから。惑わされてしまった。少しずつでも好きになってくれていると。

 もう、好きでいることに疲れた。同じ気持ちが返ってくることがないとわかっているのに、この関係を続けることは限界だと感じた。

 数日経って、再び彼の部屋を訪ねた。扉が開かれ中に招き入れられる。私は一歩中に入った。靴は脱がずに玄関で立ち止まる。

「入らないの」

「うん、ここでいい」

 彼が振り向いたところで、口を開く。

「玲弥、私と別れて」

 提案ではなく、命令。私の決意が揺るがないうちに終わらせたかった。

「うん。今更俺が何を言ったところで、ただのわがままにしかならないから」

 彼の言葉を承諾と受け取り、あとを去った。

 ただのわがまま、か。彼と別れてよかったはずなのに。どこかで引き留めてほしかったのかもしれない。彼の最後のわがままを聞きたかったのかもしれない。

 わがままなのは私のほうだった。自分から別れを切り出して、引き留めてほしいなんて。泣きたくない。そう思うのに涙は容赦なく頬をつたった。


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