第一話 もしかしてここは乙女ゲーム世界?
ラースの宣言後、イザベルが口を開くよりも早く、駆け付けた教師達によって騒ぎを起こした関係者達は半ば強制的に別室へと移された。ラースは「王族に対してなんていう仕打ちだ」と抵抗しようとしたが、現国王の弟でもある理事長からの命令と言われれば従わざるをえなかった。
別室では理事長がすでに待っていた。その姿を視界に入れた瞬間、ラースの側近達は顔色を悪くして視線を合わさず用意されていたソファーの後ろへとそそくさと立った。
ラースとエミーリアは二人掛けのソファーに、イザベルは一人掛けのソファーに座った。
理事長からの視線を感じたが、イザベルは気付かないフリをしてすまし顔で出された紅茶を口にする。
最初に口を開いたのはラース。身振り手振りでまるで舞台上で演説をしているかのようにイザベルの悪事について語った。理事長はその様子を無表情でただ黙って見ていた。ラースは話し終わると満足そうにふんぞり返った。そこで、ようやく理事長が口を開いた。
「エミーリア・ロンゲン嬢殺害未遂事件については国で調べよう。後日、改めて招集することになるのでそのつもりでいろ。それと、ラースとイザベル嬢との婚約についても私から国王へ話をしておく」
理事長からの言葉にラースは喜びの表情を浮かべ、エミーリアの手を握った。
エミーリアは一瞬固まったものの、すぐに微笑みを浮かべラースの手を握り返した。
「ラース、お前達には今回の騒動を起こした責任をとってもらう」
「?」
「この学園は学びの場だ。お遊戯会をする場ではない。学園内の秩序を乱した罰として、関係者全員自宅謹慎とする」
「な、なぜそんな?!」
「わからないのか? お前達のせいで生徒達は混乱している。お前達が学園にいたのでは皆の気が散って仕方がないだろう。ほとぼりが冷めるまでは学園内に姿を現すな。ラースに便乗し、止めずにいた者達も同様だ」
理事長が詰め寄るラースをものともせず淡々と話す様子に、他の皆もこれ以上何か言ったところで無駄だと感じたのだろう黙って従った。
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「……もしかして、ここは乙女ゲームの世界なのかしら?」
謹慎二日目。フィッツェンハーゲン家の自室で今までの事を自分なりに整理してみた。
ごくごく小さな声で呟いたつもりだったが思ったよりも響いたのか、幼少期から仕えてくれている専属侍女が訝し気にこちらの顔を伺ってくる。一瞬聞かれてしまった、と焦ったものの、長年の淑女教育で身体に染みついた笑みを浮かべ首を横に振った。
イザベルの専属侍女、名をユリアという。幼少期の心的外傷が原因で失声症を患い、最近ようやくだがイザベルとだけは会話ができるようになった。基本的に人間嫌いなユリアは、生涯結婚せず、イザベルの専属侍女として生きるとイザベルの父にも宣誓しているくらいだ。
イザベルはしばらく一人にしてほしいと告げ、ユリアが出ていったのを見届けると淑女の仮面を捨て、頭を抱えて唸った。
私が婚約者に嫌われているのはだいぶ前から理解していた。しかし、あくまで私達の婚約は政略的なもの、破棄されることは我が家の商会が潰れることがなければ無いと思っていた。けれど、この世界が乙女ゲームを元にしたものであるのならばその可能性もでてくる……と思う。
貴族が多く通う学園内で第二王子を中心とする高位貴族が平民の女生徒一人を囲っている時点で何かおかしいと思うべきだった。
あまりにも自分の婚約者に興味がなさすぎたせいで、まさかこんな展開になるとは。
この世界が乙女ゲームだと仮定して、よくある展開をいくつか想像してみる。
やはり、このまま黙って婚約破棄されるのはまずいと思う。婚約破棄されるのは良い。だが、殺人未遂を起こした犯人だと認めるわけにはいかない。
「私だけの問題ではないもの……」
もちろん、自分はエミーリアに手出しなんてしていないし、これからもするつもりはない。
けれど、何故かラース様達は私が犯人だと確信しているようだった。その自信はどこからくるのか。
真犯人は誰なのか、ヒロインぽいエミーリアの自作自演か————私の勘では今回の事件はそんな単純なものではない気がする。
黒幕は誰なのか、とても気になる。
「うーん……情報がなさすぎる。けれど、どうにかするしかない。ひとまず、自分の無実の証明をしないと」
自然と上がる口角、微かな笑い声まで漏れてしまい、ごまかすように咳払いした。
浮ついた気持ちを何とか落ち着かせると、サイドテーブルの上にあるベルを振った。すぐにユリアが現れる。
「ユリア、お願いがあるのだけれど」
数点お願いごとをすると、ユリアは頷きさっと部屋を出ていった。
ユリアは非常に優秀な侍女だ。きっと、すぐに私が欲しいモノを持ってきてくれるだろう。それまでは、しばしの休暇を楽しむとしよう。
イザベルは窓側の日当たりのいい場所に置いてあるロッキングチェアに座り目を閉じると、心地よい揺れに身を委ねた。