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三章・英知の魔弾(1)

 タキア王国領内。ココノ村から遠く離れた平原にて、一人の少女が呟く。

「やっぱり動いたか……準備はいい?」

「はい」

「わかってると思うけど、殺しちゃ駄目よ」

「もちろんです。彼女が村の皆を傷付けない限りは、ですけど」

「抑えなさいな。多分大丈夫よ、あの村は敬虔な三柱教徒が多いもの」

「それでも、私の家族を傷付けるなら容赦しません」

「仕方ないわね、そこのところは成り行き次第か。で、あなた達もいける?」

「は~い」

「まあ、ぼちぼち」

「やってみます」

 三つの顔がニヒッと笑う。同じ笑顔で同じ声。姿はいつものツナギに白衣。この三人はどんな時でも変わらない。

 一方、体型にそのままフィットした黒い光沢のある衣装で全身を包む長い黒髪の美女は、眼鏡代わりにゴーグルを装着すると、自分のホウキを召喚して掴み取った。

 季節は夏。彼女にとっては辛うじて飛べるかなという、そんな季節。

 もっとも、このホウキならすでに季節なんて関係無い。

 問題は克服した。

「行きましょう、社長」

「ええ、行くわよ、ナスベリ、三つ子」

 アイビーの魔力で赤い絨毯が宙へ浮く。その上に乗った彼女と三つ子達は高速で空を疾駆する。

 遅れることなく並走するナスベリ。元来そうあるべきだったスピードをついに引き出し、空に一筋の軌跡を残す。嬉しそうに楽しそうに。それは彼女の古ぼけた相棒にとって乗り手が変わって以来、初めての全力疾走だった。




 さて、どうしてやろう? ベロニカは考える。スズランまでも救助に向かってしまったことは予想外だったが、それはそれで好都合な展開だと言える。障害となりうる存在が三人とも出払っているうちに村の連中を好きなだけ尋問できる。奴等が戻って来たら彼等を人質にして要求を突き付ければいい。

 ソコノ村での工作と足止めにはヒイラギを使った。彼は自分にとって唯一残った家族と言える存在だったが、だからこそ了承してくれたのだ、命がけの任務を。たとえ死したとしても十分な時を稼いでくれるだろう。

 他の者には頼めなかった。彼だけだからだ。彼だけが自分のこの力の秘密を知り、同じ力を操ることができた。


 魔力障壁を無視して敵を穿ち、水を自在に操る力を。


「では、まずそこの貴女」

「わ、わたし?」

 見据えられたレンゲは困惑してしまう。三柱教に属する高名な魔女が、自分などに何の用があると言うのか?

「調べはついています。貴女ですよね? ヒメツルの娘を最初に目撃したのは」

「!」

「あ、アンタらまさか……」

「まさかも何も無いでしょう? 知ってるはずですよ、我々三柱教は奴に懸賞金をかけています。あれは罪人なのです。許されざる罪を犯しました。探し出し、裁こうとするのは当然のこと」

「お待ちください、ベロニカ様!」

 急に横から司祭が割り込んで来た。村の教会の管理を任されている人物で歳は四十代の半ば。レンゲ達より少し上の世代で、ココノ村住民としては若い方である。

「なんです?」

 ニコリと微笑んで応じる彼女。だが、周囲で村の者達を見張っている彼女の部下は気が付いた。その拳が固く握られたことを。

「もはや隠し立てはできないようですから告白します! たしかに、この村には“最悪の魔女”の血を引くと思われる少女がいます!」

「司祭さん!?」

「何を言いよるんじゃ!!」

 慌てて詰め寄ろうとする老人達。しかし、ベロニカの部下の一人が剣の切っ先を向けてその場に留まらせる。

「動くな」

「ううっ……」

「皆さん落ち着いて! 彼女が来たということは、すでにわかっているのです! 我々が隠してきたことはもはや明るみに出ています! ですが、彼女はあのロウバイ先生と同じ“善の三大魔女”に数えられるほどの人物! 正直に話せばきっと理解して頂けます!」

 熱弁をふるう彼の耳には、ベロニカの歯軋りの音は聞こえなかった。

 逆に村人達は、次第に落ち着きを取り戻す。

「そうじゃな、三柱教の偉いさんなら無体なことなどすまい……」

「スズちゃんのことは、アイビー様のお墨付きもあるしの……」

 去年の夏、かの森妃の魔女がスズランの後ろ盾になってくれた。それにこの村には同じ善の三大魔女ロウバイも暮らしている。事情をしっかり説明すればきっと理解は得られるはずだ。司祭の言葉には説得力があった。

 だがベロニカは、ホッと息をついたその男の肩を掴み、強引に振り向かせる。

「何を理解しろと?」

「そ、それはもちろん親の罪に子は関係無いと──ぶがっ!?」

 縋りつくような眼差しを向けてきた司祭の左頬に、ベロニカは思い切り拳を叩き込んだ。歯が何本か宙を舞う。

 当然の報いだ。こいつは神に仕える身でありながら、神を舐めている。

「司祭様!?」

「なんちゅうことをするんじゃアンタ!?」

 再び憤激する村人達。司祭は殴られた頬を手で押さえ、ゆっくり身を起こす。

「な、なに……を」

「何を? ふざけてるんですか? 罪が無いわけ無いでしょう!? 罪なんですよ、あの女の娘として生まれた、それ自体が!!」

 怒りに燃える眼差しで、阿呆を徹底的に軽蔑し、見下してやる。

「奴は存在そのものが罪です! その胎から生まれた子供だって罪の塊に決まってるじゃないですか!? あの女を見付けたら、必ず親子共々清めてやります! この手でバラバラに引き裂き、衆目の前に晒してやるのです! それが三柱教徒の務めだと知りなさい!」


 その瞬間、ココノ村の住民達は理解した。

 この女は頭がおかしいのだと。


「皆……時間を稼ぐぞ」

 小声で囁き、密かに剣の柄に手をかけるノコン。スズランから村の防衛のために残ってくれと言われ衛兵隊の全員で留守を守っていたが、あの少女はこうなる可能性を予期していたらしい。部下達も槍や盾を持つ手に力を込めた。

(我々では魔法使いには勝てん……)

 こうなったら一人でも多く村から逃がす他ない。自分達は捨て石になろう。時を稼げばスズランとクチナシが帰って来る可能性もある。

 だが、その決意も踏み躙られた。

「動くな」

「んなっ!?」

「あ、足が沈む……!?」

「魔法か……!!」

 ノコンの首に刃が突き付けられ、周囲にいる彼の部下達は突如泥沼と化した地面に沈み始める。

「た、隊長っ!!」

「武器だ! 武器をどこかに引っ掛けて堪えろ!」

「手を伸ばせ! ワシらが引きあ、ぐふっ!?」

「動くなと言っている、爺さん」

「貴様……!!」

 ノコンの目の前で、部下に助けの手を差し伸べてくれた村長を蹴り飛ばす男。ノコンは怒りに燃えたが、しかし次の瞬間に気が付く。この男と近くに立っている自分の足下だけは泥沼になっていない。まさか──

「加護……? 貴様、聖騎士か!?」

「元、な」

「私の部下には聖騎士団の出も多いんですよ。彼等も、あの女には多大な恨みがありますからね」

「く、くそっ……」

 教会が誇る最強の断罪者に、魔法使いが三人。さらには元聖騎士が一人。無理だ、時間を稼ぐどころではない。今ここにいる自分達では抵抗すらもままならない。己の無力さに歯噛みするノコン。

(せめてスズラン君からの魔力供給があれば、あの女以外は──)

 しかしソコノ村の状況がわからない以上、スズラン達が早々に戻って来ることに期待はできない。万事休すである。

 そんな彼の視線の先で、ベロニカは再び村民達に呼びかけた。

「十年もの間、報告を怠っていたそこの似非聖職者は破門の上、処刑します。ですけれど皆さん、皆さんにはまだチャンスがありますよ? なにせ敬虔な信徒達です。司祭が沈黙していたなら、あなた方も従うしかなかった。そうですよね?

 わかっています。だから神もお許しになるでしょう。あの女と、あれの娘を庇っていた罪は告白によって清められます。さあ、話して下さい。奴の居場所を。たったそれだけであなた達は全ての罪を許され、これからも息をすることが出来るのです」


 言い終えてから、彼女は観察する。

 誰も何も言わなかった。

 全身が震えているのに、口を噤んで沈黙を貫く。

 せめてもの抵抗だと言わんばかりに押し黙る。

 まったく癪に障る。


「それなら、そこの“お嬢さん”に訊きましょうか?」

「ノイチゴ! 後ろに隠れてなさい!!」

「う、うん!!」


 母親の後ろに隠れる少女。

 苛つかせる。

 娘を守ろうとする親。

 胸糞悪い。


「お前らにそんな資格があると思うのか? 罪人が」

 ベロニカは左腕を持ち上げた。次の瞬間、見えない何かがレンゲの体を掴み、そのまま空中へ高々と持ち上げる。

「きゃあっ!?」

「な、なにが起きとる!?」

「おかあさんっ!?」

「レンゲっ!!」

「あなた方はそこで見ていなさい。あの魔女の居場所を吐かなければどうなるか、まずはこの女性を使って教えてさしあげます」

「このっ!!」

 カタバミがいきなりベロニカに蹴りを放った。予想外の素早さに部下達の反応も遅れる。

 しかし、魔力障壁であっさりそれを防いだ彼女は今さらながらに動こうとした部下達を目線で制した。

「構いません。あの娘の育て親、あなたにも同じ役を与えましょう」

「あ、うあっ!?」

「カタバミ!? やめて!!」

 ベロニカが右手を上げると、レンゲと同じようにカタバミも宙に持ち上げられた。

「カタ、バミ……様」

 メカコが立ち上がろうとするも、本体のモミジが受けたダメージが深刻で上手く操作できない。そもそも彼女一人が動けたところで敵う相手ではない。

 次の瞬間、二人の胴がギリギリと締め上げられた。

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