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二章・死天使、襲来(3)

 次の瞬間、モモハルの全身が輝きました。そしてその光が収まった時、大岩の上にはソコノ村の人達が全員引き上げられていたのです。

 すでに息絶えてしまった人々まで含めて。


「あ、ああ……あんたァ!!」

「父さん! ばあちゃんまで!?」

「んあ、ああう……」

 遺族が家族の亡骸に縋りついて泣き出します。その中には、助けを呼びに来たベンケイさんの姿もありました。抱いているのはお孫さん?

 あの人はきっと、彼女のために必死でココノ村まで走ったのでしょう。


 もう、絶対に許しません。


「モモハル、教えて! これをやったのはどいつ!?」

「あそこにいる!!」

 珍しくモモハルの声にも怒気が篭っていました。もしかしたら、この子がこんなに怒りを露にするのは初めてのことかも。

 モモハルが指差した方向に強い魔力を感知します。あの子の加護のおかげで隠蔽の魔法が解けたからでしょう。

「見つけましたわ、覚悟なさい!!」

 もう手加減の必要はありません。全力で叩き潰してやります。

 私はホウキで飛翔し一気に加速しました。すると──

「クチナシさん!?」

「ッ!?」

 クチナシさんがホウキにしがみついていました。予想外の高加速に目を丸くして驚いています。無茶をしますねこの人も!

 それだけ怒っていたのでしょう。敵が迎撃のため繰り出して来た波を、彼はホウキから手を離し、空中で剣を抜いて切り払ってくれました。そして水に落ちます。


 もはや疑う余地はありません。

 あの人は強い!


「そして、貴方は、これで! 終わりです!」

「なにっ!?」

 相手のさらなる攻撃を雷光の如き速度と軌道で回避した私は、魔力障壁を展開したまま突っ込みました。死んでしまっても文句は言わせませんよ! あれだけ殺したのです!

 敵はその一撃を受けて吹き飛びました。地面にクレーターができるほどの衝撃と爆風で村とは反対の方向に飛ばされて行きます。

 けれどその瞬間、私の手には違和感が。ホウキから伝わって来た感触がおかしい。

「何、今の……?」

 普通、あの場面なら魔力障壁を展開して防ごうとするはず。なのに障壁同士が衝突した感覚はありませんでした。もっと異質な何かに当たって大幅に威力を減殺された気がするのです。

 その証拠に、犯人に近付いて行くとまだ原型を留めていました。仰向けで大の字になり倒れていますが、死んではいません。私の全速力の突撃を受けてこの程度で済んだ相手は未だかつて一人もいないはず。

 まあ、そもそも怪物化したゲッケイとスイレンさん相手にしか使ったことが無い技ですけれど。我ながら凶悪な攻撃手段ですもの。スイレンさんは回避したので、直撃を受けたのはゲッケイとこの人だけ。

 でも、あの巨体に風穴を開けた一撃ですよ? それでこの程度のダメージだなんてどう考えてもおかしいです。

「何者なんですか、貴方?」

 私はその“男”に問いかけました。見慣れない服装です。今は破けていますが、さっきまでは覆面で顔を隠していた様子。顔を覆っていた布が三分の一ほど残っています。露になった顔にも全く見覚えがありません。

「……」

 沈黙を返す彼。答えられない状態なのか、それとも答えるつもりが無いのか。

(あの婆さん(ゲッケイ)みたいに記憶を覗く術が使えたら楽なんですけど)

 流石にそれは悪趣味というものです。

 直後、背後から水音が聴こえました。男の方を警戒しつつ振り返れば、ずぶ濡れの姿で近付いて来るクチナシさん。泳いでここまで来たようです。

 彼は男の姿を見るなり、手話で私に伝えました。


“彼は三柱教の諜報部員だよ”


「三柱教? じゃあ、まさか──」

 狙いは私とモモハルではなく、かつての私、ヒメツル? もちろんそうでない可能性もありますが、敵が三柱教ならそう考えた方がしっくり来ます。なにせいまだに私の懸賞金額を毎年上げ続けているくらいですから。よっぽどメイジ大聖堂への放火や聖騎士団撃退の件が腹に据えかねたのでしょう。

(大聖堂では大勢死にましたからね……)

 恨まれるのも当然ではあります。

 たとえそれが……いえ、

「ともかく、この人は連れて行きましょう」

 さっきは頭に血が上っていましたが、冷静になったら殺すのはいけないことだって思い直せました。そもそもそれは私の役目ではありません。

「貴方を裁くのも、罰するのも、本来は直接傷付けられた人達の権利です」

 もちろん彼等の前に放り出したりはしませんが、この国の法で裁かれ、罰を受ける様は見せてあげられるでしょう。幸い生きていますし、命に別状も無さそうですから。

 万が一にも三柱教がこの男の罪を無かったことにしようとしたら、その時には再びあの生臭坊主共に白目を剥かせてやりますわ。ソコノ村を傷付け、私を怒らせたことを目一杯後悔していただきます。


 けれど、それは叶いませんでした。


「う、ぐッ!? がああっ」

「なっ!?」

「!」

 いきなり苦しみ始めた男に私達が駆け寄ると、すでに絶命していました。クチナシさんが慎重に近寄り、強引に口を押し開けて中を確認します。


“毒を飲んでる。自決用に歯に仕込んであったらしい”


「毒で自決って……」

 そんな物語の暗殺者みたいなこと、本当にやるんですね。こんなことなら先に魔力糸で猿轡でも噛ませておくんでした。

 いや、でも潔すぎませんか? まるで最初からこうなることがわかっていたように妙にあっさりと……って、まさか!?

 私はクチナシさんを魔力糸で持ち上げ、急いで対岸の大岩に戻りました。悲しいことが起きたばかりのこの村の人達には悪いのですが、すぐに帰らなければなりません。

「お父さん達はソコノ村の皆を見ていてあげて! 私は先に戻る!」

「どうしたんだスズ!?」

「村が、ココノ村が危ないの!!」



 ──スズラン達がソコノ村の方へ飛び去った直後、ココノ村ではモミジが枝葉を輝かせ始めた。

「えっ、どうしたのモミジさん?」

『先程の地震は敵の陽動かもしれないそうです。だから大結界を展開します』

 その言葉通り、一年前のゲッケイとの戦いの時以来となる大結界がココノ村全域を覆い尽くした。しかしこの術は──

「これってスズがいないと無理じゃなかったの?」

『スズラン様は、このような事態を想定して大結界の要を私に変更したのです』

 あの戦いの時、結界を形作る四つの呪物を外周に配置したためにゲッケイの干渉を許し、侵入口を開けられてしまった。

 そこでスズランは四つの呪物をモミジの根元に埋め、彼女を新たな要とすることで外部からの干渉を防げる術式に変更したのだ。さらに自分自身がいなくともモミジの意志次第で結界を発動できるようにもした。

『ココノ村の地下には大きな地脈が通っています。しかも、二つの地脈が重なる交点なのです。地震が多いのはそのためでしょう。私は根を使ってそこから魔力を吸い上げられるので、ご主人様がいなくてもしばらくの間なら結界を維持できます。強度はスズラン様が展開した時ほどではありませんが』


「──どうやら、そのようですね」


『!?』

「えっ!?」

 驚くモミジ達の頭上で突然、結界が砕けて消失した。

 村の北端、一番高い場所に数人の人影が現れている。いちはやくその存在に気が付いたモミジは彼女達を敵性の侵入者と判断する。

『皆さん、私の近くに!』

「みんな集まって!」

 カタバミ達も危険を察してモミジの周囲へ集まる。そうやって自分の枝の下に集結した村民達を、彼女は先程より遥かに狭い範囲で展開した結界により包み込んだ。

『範囲を狭めた分、強度は格段に上がっています。これならご主人様が戻るまで』

「無駄です」

「なっ!?」

 レンゲにも、カタバミにも、モミジにも、他の誰にもわからなかった。この一瞬で少女は顔が見えるほど急接近した上、結界に掌底を叩きつけている。

 次の瞬間、モミジの太い幹に“手の形”の陥没が生じた。

『くっ!?』

「おや? 少し力を入れ過ぎましたね、失敬」

 少女の前にはまだ光を放つ障壁。結界を破られたわけではないのに何故かモミジは攻撃を受けてしまった。

「ど、どういうこと……?」

「何者じゃ、あの娘」

「私を知りませんか? やれやれ、こんな辺境では無理もありませんかね」

 少女は嘆息と共に肩を竦め、自ら名乗りを上げる。

「三柱教の教皇聖下直属魔道士ベロニカです! この村は見たところ敬虔な教徒が多いようですし、流石に名前くらいは知ってるでしょう?」

 そう言って目を細める彼女の瞳には村人達の額に輝く“聖印”が映っていた。各都市や村々の教会で司祭が週に一度、身の穢れを清めるという名目で礼拝に来た信徒の額に聖水をつける。

 しかし、実はそれは特殊な薬品で、一定以上の魔力を持つ者には淡い光を放って見えるものなのだ。効力は十日ほどで消える。ここに集まった村人達は全員が額に聖印を残しているため、毎週必ず礼拝に参加する良き信徒達なのだろう。

 ゆえに惜しい。もし彼等が非協力的ならここで始末しなければならない。それは教会にとってけっして小さくない損失だ。だから出来れば殺したくない。

 予想通り、自分の名前は効果覿面だった。まず司祭が驚く。

「せ……正裁(せいさい)の魔女様……!?」

「まさか死を運ぶ天使……」

「教会の殺し屋……」

「……チッ」

 どうやら不名誉な名前まで知られているらしい。

 これでも自分は──

「いや、まあ、いいでしょう。私が誰なのか知っていれば、それで十分」

 あとは確認させてやるだけでいい。力の差というものを。

 彼女は再び結界に触れた。本来なら弾かれるはずのそれに強引に。腕を包んだ青白い光と結界の輝きがせめぎ合う。

「こんなもの破る必要すら無いんですが……示威としてはちょうどいいですね」

 爪を立てる。すると容易に指が輝く障壁に沈み込んだ。彼女はそれを横凪ぎに振り抜く。まるでボロ布を引き千切るように、再び結界が引き裂かれた。

『そん……な……』

「貴女が噂の“お化けカエデ”ですね? あの女、ヒメツルの屋敷」

 ニヤリとベロニカは笑う。無防備になったココノ村の女子供と老人達を前に狂気の光をその目に宿す。

「だったら、さあ、教えなさい! 奴はどこにいるのですか!?」


 ──正裁の魔女ベロニカ。彼女はロウバイと同じ“善の三大魔女”の一人であり“死を運ぶ天使”や“教会の殺し屋”などとも呼ばれている。

 独自の判断で罪を裁き、刑を下す権利を持った存在だからだ。さらにその強大な魔力は、あの“最悪の魔女”に匹敵する。

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