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二章・死天使、襲来(1)

『ベロニカ様』

『あら?』

 メイジ大聖堂の中庭。呼び声に振り返ると、まだ幼い少女が小さな花束を抱えて立っていた。

『貴女はたしか、先日の……』

『あの時は、ありがとうございました』

 ぺこりと頭を下げられる。そう大したことをしたわけではない。彼女は地方貴族の子女で他の名門貴族の娘達に意地悪をされていた。それを見咎めて少しばかり他の子達を叱りつけただけだ。

『これ、お礼です』

『まあ……』

 受け取ったそれはアイビーの花束。

 無意識に下唇を噛む。

 少女の表情に怯えが混じった。

『あ、あの……もしかして、アイビーはお嫌いでしたか?』

『──いえ、そういうわけではありません。少しばかり気になっただけですよ。この花はどこから? まさか、この中庭のを摘んだわけではないでしょうね?』

『も、もちろんです!』

 心外だとばかりに前のめりになって反論してくる。

『お小遣いで買ってきました! アイビーの花言葉は“誠実”で“忠実”なんです! 主の教えを遵守されるベロニカ様にピッタリだと思って!』

 彼女の瞳はキラキラ輝いている。どうやら、あのたった一回の助け舟で憧憬を抱かれてしまったようだ。

 その瞳の中に、かつての自分を見た気がした。まだ純粋だった頃の少女を。

 眩しさに目を細め、花束を受け取る。

『ありがとう、部屋に飾っておきます』

『は、はいっ!!』

 嬉しそうに笑いながら去って行く少女。

 ベロニカは言った通りに私室へ花を持ち帰り、ちょうど枯れかけていた白いバラと交換する。

 本当はアイビーの花は大嫌いだ。しかし、あの少女の純粋な気持ちを無碍にしたくない。

 けれども、やはり──

『ッ!!』

 耐え切れなくなり、花瓶ごと床に叩き落とした。

『お前が……お前がいなければ……お前達さえ、いなければ!!』

 何度も何度も踏みつけ、それでようやく我に返る。途端に罪悪感が襲って来た。そして、それもまた奴等のせいなのだと自分に言い聞かせる。

『必ず……必ず、必ず……!!』

 さっき捨てた白いバラを拾い上げ、強く握り締める。

 白いバラの花言葉は“約束を守る”だから。




 ロウバイ先生が七王会議の準備のため旅立ってから四日後の朝──それは唐突に起こりました。家全体がグラグラと大きく揺れ始めたのです。

「えっ、地震!?」

「スズ! カタバミ! 外へ出るんだ!」

 不気味な縦揺れが続く中、私達家族が急いで外へ逃げ出すと、他の皆も次々に建物から出てきます。

「みんな無事!? ウメさんはっ」

「だ、大丈夫じゃ」

「私がお連れしました、カタバミ様」

 最高齢のウメさんも遠隔操作ホムンクルス体メカコに支えられながら、なんとか避難を完了。すぐに村人全員がモミジの枝の下に勢揃い。三分とかかっていません。日頃からの防災意識の高さが伺えますね。

 私は頭上の枝葉を見上げサムズアップ。

「グッジョブですモミジ」

『ありがとうございます、ご主人様』

「こ、これ、大丈夫? まさか、また──」

「大丈夫だよ、お母さん」

「うん、大丈夫」

 不安そうな母の両手を、私と父で左右から握ります。私の両親はそれぞれの家族を地震のせいで喪いました。だから怯えるのは仕方ありません。

 けれど父はその恐怖に立ち向かいました。元々学者気質の人ですからね。母と共に村に戻ってからすぐ地震学の勉強を始めたそうです。村の人々と協力して隣接する里山の木を深く根を張る種類に植え替え、水はけをよくするための整備を行い、それでも土砂崩れが発生してしまった場合に備え、山の麓と家々の間には深くて広い溝を掘りました。

 そして去年からは私もその対策に加わり、魔法を使って地盤そのものをいっそう強固に固めてあります。いざとなったら村全体を覆う結界もありますから、どんな大地震が起きたってこの村は平気ですわ。

「そ、そうね……スズとあなたが頑張ってくれたんだもの、大丈夫よね」

「うん! あっ、でも皆、いざとなったらモミジの中に入ってね!」

「おう、わかっちょるぞスズちゃん!」

「たしかに一番安全そうじゃ!」

 ココノ村の建物はほとんどが平屋。二階建て以上の建物はモモハルの家一軒だけ。でも元々私の住居だったモミジの内部は三階建ての建物に匹敵する高さがあります。少々窮屈ですが詰めれば村人全員で避難することもできるでしょう。しかもここは村の中心なので土砂崩れが起きた際に最も被害を受けにくい位置です。

(仮にモミジが埋まってしまっても、この子なら自力で這い上がれますし、いざとなれば私が持ち上げますわ)

「あ、収まってきた」

 そんなレンゲおばさまの言葉通り、次第に揺れが小さくなっていきます。

 念の為さらにしばらく様子を見てから、私と他の何人かで村内の状況を確認して回ったところ、これといった被害はありませんでした。家具が倒れたり物が落ちて散らばった程度ですね。

「建物が倒れないかひやひやしたけど、どの家も無事だったよ。ムクゲさんって凄いね」

「おお、スズちゃんに褒められるとは照れるのう。まあ、この辺は昔から割と地震の多い地域じゃからな。揺れに強い家の組み方っちゅうもんを先祖がコツコツ研究してきた成果じゃよ」

「なるほど」

 大工さんの技も奥が深そうです。

「いやあ、なんにしても良かった良かった。今回は何事も無かった」

「ムクゲ達は当然として、カズラとスズちゃんにも感謝感謝じゃ」

「ワシも色々手伝ったぞ!」

「ハハハ、そうじゃったそうじゃった。流石はツゲさん」

「おいおい皆の衆、まだ油断するな。余震と言うて地震の後にはまた別の地震が来るもんらしい。そうじゃったなカズラ?」

 村長さんの一言で視線がうちのお父様へ集まります。

 注目されたことで緊張したのか、お父様はコホンと咳払いしてから説明しました。

「そうですね、研究によると大きな地震の後の一週間程は同規模の地震が起きる可能性が高いそうです。なので一週間は避難所を決めて、そこに集まって寝泊まりした方がいいと思います。どうでしょう村長?」

「うん、ええと思う」

「もちろん全員が寝泊まりできるほど大きい建物は無いので、とりあえずは村の中央から遠い場所に住んでいる人達とウメさんのように素早く避難することが困難な方を優先させましょう。場所は……サザンカ、スズ、宿とモミジさんを借りていいかな?」

「うん」

「たりめえよ」

 お父様の問いかけに、私達は即答しました。

「困った時はお互い様ってな。流石にお客さんのいる部屋は貸せねえけど、空き部屋なら好きに使ってくれて構わねえ。今は郵便屋の兄ちゃん以外に誰も泊まってねえから、ちと手狭でもいいなら十四、五人はいけるだろ」

「ええと、そのクチナシさんなのですが……“僕の部屋にも来てくれていいですよ。特に独身の方は歓迎します”……だそうです」

 ニコリ。彼が恋愛小説の王子様のように微笑むと、その視線の先にいたおばあさま方が一斉に頬を赤らめました。

「あんれまあ、こんないい男に誘われちゃったよ」

「あと三十歳若けりゃのう。ホッホッホッ」

 ウメおばあちゃん、三十歳若返っても五十七歳ですわ。

 あっ、でもロウバイ先生もたしか本当のお歳は六十前後……恋に年齢は関係ないのかもしれません。

『ご主人様の許可が下りましたので、私も構いません』

「早速ウメ様の着替えなどをお持ちします。ウメ様、少しの間こちらのベンチに腰かけてお待ちください」

 モミジの言葉に続いて動き出すメカコ。もうすっかりホムンクルスの体を使いこなしていますね。

「ああ、ありがとうなメカコさん。あんたが来てくれてから本当に助かっとるよ」

「私としても皆様のお役に立てて嬉しく思います」

『ウメ様、お茶をどうぞ。他の皆様も、お気軽に私の中へ。ヒメツル様の書斎以外の部屋でしたら、ご自由にお使い頂いて構いません』

「どうして書斎だけはいかんのかね?」

『危険だからです』

「……」

「……まあ、あの魔女の屋敷じゃもんな」

「なるほど」

「それもそうか」

 皆さん村長のその一言で納得してしまいました。失礼ですわね、今は趣味で集めた物を保管してあるだけですわ! 危険なのは否定いたしませんけど!

 そうして避難所を宿屋とモミジに定めた私達は移動を開始しました。といっても私の家は広場のすぐ近くなので、避難する人達の代わりにそれぞれのお宅を回って軽く片付ける係です。


 やがて地震発生から一時間ほど経過した頃──事態は新たな段階へ進みました。村の北の入口から一頭の馬が駆け込んで来たことによって。


「なんじゃ!?」

「おい、ありゃたしか隣村の」

「うぐっ!!」

 馬の背にしがみついていた男性は中央の広場まで戻って来たばかりの私の顔を見付けると、転げ落ちるように降りて必死に呼びかけてきました。

「ううあん! あうええ!! ういをうああ!!」

「ベンケイさん……!?」

 隣村の耳が不自由な男性です。どういうわけか全身泥だらけ。嫌な予感がした私はすぐに駆け寄り、その手の動きに注目します。手話です。

「“助けて”……“村が”……“洪水”!?」

「こ、洪水!?」

「どういうことじゃ、アンタのとこは周りに山なんぞ無いじゃろ!?」

 大きい川もありません。海だってずっと遠くです。村の中心を小川が流れているだけのはず。水源はその川と井戸だけ。

 けれどベンケイさんの説明によると、地震の直後、村のすぐ近くから突然大量の地下水が噴き出してあっと言う間に村全体を飲み込んでしまったそうです。しかも地震のせいで地盤が急激に沈み、水が外へ逃げられずどんどん溜まっていくと。

「大変じゃ、助けに行かんと」

「そうだね、すぐに──って、なんですかクチナシさん?」

 ホウキを召喚しようとした私の手を彼が掴みました。

「“僕も連れて行って”? 手伝ってくださるんですか?」

 こくり。今度は頷きます。

 私は考えました。


 これは罠ではないかと。


 クチナシさんが怪しいと思っているわけではありません。この地震と隣村を襲った洪水がです。ロウバイ先生が不在のタイミングでちょうど震災が起こるなんて、どうにも不自然な気がします。

 だとしたら敵の狙いは私かモモハルでしょう。となると、ここにモモハルを残してクチナシさんには彼の護衛についてもらう方がいいのですが……。

(いえ、去年みたいに村を戦場にするより、標的の私とモモハルが一緒に離れた方がいいかもしれません。隣村を巻き込む危険はありますが、どのみち私が行かないと効率の良い救助は望めないですし……となれば護衛のクチナシさんにもついて来てもらうほかない)

 決断した私はクチナシさんに向かって「お願いします」と答え、次にお父様達へ呼びかけました。

「救助に行く皆はうちの馬車に乗って! ただし、お父さん、馬達は繋がないで!」

「えっ? どういうことだいスズ!?」

「普通に移動したら一時間以上かかっちゃう! だから皆は私が運ぶ!!」

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