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一章・無口な郵便配達員(4)

 翌日、茶畑の手入れを終えた私と母が家まで戻ろうとすると、村の北側にある衛兵隊の詰所の前で奇妙なやり取りが繰り広げられているのが見えました。

「お願いします! 一度手合わせを!」

「一生の記念に!」

「こらお前達、失礼だろうが!!」

 何故かクチナシさんが衛兵の皆さんに囲まれていて、間に入ったノコンさんが必死に止めているのです。

 それを見た私はというと、慌てて走り出しました。

「ちょ、どうしたのスズ!?」

「先生に怒られる!!」

 昨日約束したばかりなのに早速クチナシさんとノコンさんが接触してしまっているじゃないですか。別に私、同性愛に偏見はありませんけれど、ノコンさんはまずいですわ!

「み、皆さん! どうかしましたか!?」

「お、おお、スズラン君!!」

 冷や汗をかきながら突撃すると、ノコンさんも救いを求めるような目をこちらに向けてきました。あら、心配しなくても良かったでしょうか?

「たしか君、手話ができるだろう!? 頼むから通訳してくれ! クチナシ殿が何を言っているかわからんから、こいつらもなかなか諦めてくれん!」

「あの、ていうか、この騒ぎってなんですの?」

「稽古だよ! 稽古をつけて欲しいんだ!」

「オレは技を見せてもらうだけでもいい!」

「お願いだスズちゃん、クチナシさんに頼んでくれ! いっぺんだけでいいんだ!」

 稽古? というかこの口ぶり、もしかして皆さん、彼を知ってますの?

「あの……クチナシさんって有名なんですか?」


 問いかけると、私とクチナシさん以外の全員の表情が一変しました。


「知らんのかスズラン君!?」

 なんとノコンさんまで鬼気迫る様子で詰め寄って来ます。

「は、はい! すみません不勉強で!!」

「あ、いや、すまん……君のような婦女子は知らなくても無理は無いな。こちらこそ取り乱して申し訳ない」

「いえ……」

「スズちゃん! この人は“世界最強の剣士”だよ! 剣の道を志した人間なら知らない者はいない達人なんだ!!」

「えっ!?」

 トピーさんの言葉を聞いた私が振り返ると、クチナシさんは困ったように苦笑しました。そして手話で否定。

「えっと、本人は“ちょっと剣を振るのが上手いだけ”って言ってます」

「ちょっとじゃないでしょ!? 知ってますよ、あの“ウンリュウ”との決闘の話!!」

「クチナシさんの剣は魔法も斬っちゃうらしいじゃないですか!!」

「剣一本で魔法使いとも対等に戦えるクチナシさんは、オレらの憧れなんです!」

 なるほど、それで皆さん興奮してらしたんですね。

 そういうことなら。

「あの、手合わせしていただくのは駄目なんですか? 皆さん、こんなに熱望されていますけれど」

「……」

 私の質問に手話で返すクチナシさん。その内容がいかなるものか、固唾を飲んで見守る衛兵隊の皆さん。

 翻訳しますね。

「“今は仕事中なので無理です”」

「ああ……」

「駄目か……」

「ほら皆、クチナシ殿の邪魔にならないよう、さっさと持ち場に──」

「“でも、仕事が終わってからで良ければ一人一手付き合いますよ。今回の仕事はロウバイさんが戻って来たら終わりです”」


「「「本当ですか!?」」」


「うわあっ!?」

 解散しかけた衛兵隊の皆さんが再び押し寄せて来ました。いつのまにかノコンさんまでそっち側じゃないですか!?

 トントンと肩を指で叩かれ、振り向いた私はもう一度通訳します。

「“是非。特にノコンさんとは一度手合わせしてみたいと思っていました。オガの鬼神と呼ばれた腕前、楽しみにしております”……え? ノコンさん?」

「す、凄いッス隊長! まさかクチナシさんに名前を覚えられてるなんて!」

「さすが我らが隊長! いよっ、オニカタ!」

「い、いやあ……まさか、そんな……なあ? 照れるな」

 オガの鬼神さんがすっごく嬉しそうな顔でニヤついてます。この人の頬がここまで緩むなんて、本当にクチナシさんは剣士にとって特別な存在ですのね。

「それではクチナシ殿、我等一同、その日を楽しみにしておりますっ! さあ皆、仕事だ仕事!!」

「はい、隊長!」

「ロウバイ先生のお帰りが二重の意味で楽しみになりましたね」

「ば、馬鹿もん!! 余計な事は言わんでいいっ」

 上機嫌で解散する衛兵隊の皆さん。そこへやっとお母様が追い付いて来ました。

「スズ、いったいなんだったの? あ、おはようございますクチナシさん」

「……」

 手話でおはようございます美しい奥さん、と返すクチナシさん。まあ、これは別に通訳しなくてもわかるでしょう。

「うーん……」

 私は改めて彼を見上げました。感じる魔力は微弱。肌の露出が皆無な制服姿で筋肉質かどうかは不明。佇まいは……別に剣士じゃないので、隙があるとか無いとかわかりません。

 アイビー社長が寄越した護衛とはいえ、魔法使いの私としては、やはり半信半疑にならざるをえません。

(この人、本当に強いんでしょうか?)




 同時刻、ココノ村を一望できる山の中腹にいくつかの人影があった。

「まさか奴が……いかがいたしましょう?」

「クチナシを寄越すとは流石に予想外でしたね。おかげであっさり標的に近付かれてしまいましたよ、まったく」

 頭の左右で縛って垂らした灰色の髪。白を基調とした男性的なデザインの礼装。金色の瞳で村を見下ろしているのはベロニカ。正裁の魔女と呼ばれる少女だ。見た目は十代半ば。実年齢もまだ二十六歳。美しい顔立ちだが目付きが鋭く、そのせいで常に険のある表情に見える。

「少し、待ちます」

「はっ……」

 頷いて部下達は四方に散って行った。三柱教の諜報部員達だ。ある程度腕の立つ魔道士ばかりで構成されており、大陸各地での情報収集を主な任務としている。

 主な、であって、それが全てではないが。

「ヒメツルの娘、スズラン……」

 確認するように改めて標的の名を呟く。その存在が初めて網にかかったのは去年の秋のことだった。


 オサカ上空で度々目撃された“ホウキにまたがって超高速で飛行するぬいぐるみ”の噂。尋常でない飛行速度だったという点に着目したベロニカが正体について部下達に探らせてみたところ、予想外の収穫があった。

 そのぬいぐるみ、もとい着ぐるみの中身は一人の幼い少女で、あの“最悪の魔女”ヒメツルに瓜二つの顔だったというのだ。しかも“森妃の魔女”アイビーがヒメツルの実子と認めたとまでいうではないか。

 拉致した“情報提供者”は取り返されそうになったため始末するしかなかった。なので居場所は聞き出すことが出来なかったのだが、すぐに大陸東北部のどこかだというところまでは絞り込めた。魔法使いの森からヒメツルの元住居と思しきカエデの木が持ち出され、何者かの手で東北地方に運ばれて行ったという新たな証言が届いたからだ。

 そこからさらに調査を進めていくと、真偽不明のため放っておかれていた別件が再浮上してきた。


 謎の着ぐるみの目撃から遡ること二ヶ月前、タキア王国南部の山間で発生した巨大な光の柱についてだ。カエデの大樹が運ばれた先もその光の柱の出現も同じ地方、近しい時期。単なる偶然だとは思えなかった。

 そして彼女は思い出す。ヒメツルの行方を追うため収集した情報の中にそれと良く似た現象が記録されていたことを。今は亡き小国で発生した、貴族の屋敷が一夜の内に住人達ごと姿を消した怪事件。それにも“青い光の柱”の目撃談があった。

 もはや疑念は確信に変わりつつある。最後の一押しのため光の柱が発生した当日に別の事件が起きていたという村で情報を集めてみた。つまりココノ村で。


“村が悪い魔法使いに襲われた。けれど通りすがりの別の魔法使いが助けてくれた”


 去年の夏の事件について村人達はそう証言している。彼等を守る使命を負った衛兵隊も同じだ。誰一人違うことは言わない。ほんの少しの食い違いも無い。

 そう、まるで口裏を合わせたように。

 だから逆にわかってしまった。彼等が何を隠そうとしているのか。何者を庇おうとしているのか。


 ヒメツルが、そこにいたのだと。


(あの女がこんな辺境まで来る理由……そんなもの、我が子に会いに来たからとしか考えられません。ここに隠せば追跡を免れるとでも思ったのでしょう。たしかに九年間我々は気が付けなかった。けれど、とうとう見つけましたよ、貴女への手がかりを)

 しばらく前から村を監視させている。だが、どうやらヒメツル本人は普段ここにいないらしい。

 代わりにその娘と思しき少女の存在が確認された。姑息にも認識阻害の術をかけた眼鏡で正体を隠しているそうだが、自分の部下達の目を欺くことはできない。

 だが、それがわかったところですぐに手を出すわけにはいかなかった。奴らの背後には、あのアイビーがいる。

 他の者なら怖くはない。けれど、アイビーとゲッケイだけは別だ。あの二人は格が違い過ぎる。去年捕らえた情報提供者の証言で少女がアイビーの庇護下にあることは判明済み。何故あのヒメツルの娘を庇うのか理解しがたいが、なんにせよ正面切って彼女を敵に回すことだけは避けたい。


 だから時を待った。

 今、この時を──


(まだ時間はあります。その間に必ず機会は訪れるでしょう。あの娘とヒメツルを自由の身にするための策だったのでしょうが、それが結果的には命取りになりましたね)

 アイビーとロウバイは七王会議の準備のため奔走している。理想は会議が開かれるより前に決着を付けることだが、仮に七王があの村の子供二人を“神子”だと認めたとしても、教会がそれを審議して決定を下すまでにはさらに数日かかる。神子の出現を発表する準備にも相応の時間を要するだろう。

 その前に始末してしまえばいい。眼神アルトラインの神子はともかく、ヒメツルの血を引く娘が女神ウィンゲイトの子孫であり神子だなどと絶対認めさせてなるものか。それはつまり、あのヒメツルまでもが“神の血を引く娘”だったと認めることに他ならない。

(絶対……絶対に、そんなことはさせない……)

 奴も、その娘も、必ずこの手で裁いてやる。清めてやる。本性を世に知らしめて死罪の判決を下してやる。

「ベロニカ様、右手が」

「……ありがとう」

 側近の言葉で気が付く。また無意識のうちに拳を握り固めてしまっていた。そのせいで手袋が破けている。

 新しい手袋に替えながら思考を切り替える。冷静に現状の問題点を洗い出す。

 やはり難関はクチナシだ。ヒメツルの娘スズランも年齢の割になかなかの実力ではある。ここ数日のロウバイとの組手を観察しておおよその力量は把握できた。たしかに優秀だが、あの程度なら問題にはならない。

 しかし、クチナシの実力は未知数。それでいてアイビーが頼るほどの相手であることは確実。


 世界最強の剣士。


 奴のことを人々はそう称える。実際その剣一本で数々の強敵を打倒して来た実績がある。直接見たことは無いが、あの剣は魔力障壁さえ切り裂くらしい。カゴシマの王が代々継承している“凶刃”のような古い時代の魔道兵装だろう。魔王と戦った時代にはいくつもの強力な武器が作られていたと聞く。

 部下のうち何人かは過去に奴の戦闘を目撃している。けれど、その証言内容は決まって同じ。


 何をしたのかわからなかった。

 一瞬、全ての音が消えた。


 この二つ。たったそれだけ。クチナシに敗北した連中の言葉も全く同じだった。ゆえにその真の実力は自分達三柱教諜報部にさえ明らかにできていない。

 もちろん戦えば勝てるだろう。いくら凄腕とは言え、剣士は所詮剣士なのだから。

(とはいえ、できれば無用の衝突は避けたい……)

 教皇聖下からは出来る限り内密に事を進めよと承っている。あんな有名人と事を構えるのは、その意に反する行為だ。

(少しの間だけでも村から引き離すことができれば……)

 時間はある。その間にきっと機会も巡って来る。

 でも、もしも来なかったら?

 時が足りなくなったら?

(簡単なことですね)


 機会が無いなら作ればいい。


「ヒイラギ」

「なんなりとご命令を」

「この辺りの詳細な地形図を持って来なさい。できれば水脈の位置がわかる図も一緒に」

「承知しました」

 これでいい。すぐにあの邪魔な剣士は村から消えていなくなる。

(知っているんですよクチナシさん。傭兵を名乗っておきながら、行く先々で“無償”で人助けをしているそうですね?)

 偽善者め。その偽善を利用させてもらうとしよう。

「放っておけますか? たくさんの“困っている人々”を」

 ベロニカの顔に冷笑が浮かんだ。

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