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一章・無口な郵便配達員(3)

 ──彼、クチナシさんはどういうわけかそのまま村で宿をとりました。ロウバイさんの言っていた通り、しばらくここに滞在するそうです。今は食堂でのんびりコーヒーを堪能中。この村に来てお茶でなくコーヒーを頼むとは、なかなか良い度胸ですね。

「お仕事はしなくていいんですか?」

 郵便配達員は暇ではないはずです。不思議に思って訊ねた私に、彼はやはり一通の封筒を差し出しました。

 その中の手紙を読んで、私は“なるほど”と納得します。

「副業が傭兵さんなんですね」

 はい、と手話で答える彼。

 珍しい話ではありません。むしろ郵便配達員とは腕っぷしに覚えのある方々がなるものです。山賊や危険な野生動物に出くわすことも珍しくない仕事ですからね。並の腕前では務まりません。

 魔力の弱い魔法使いには空を飛べるという数少ない特技を活かして郵便屋さんや運送業に就職する方もいるそうです。ただし昨今では魔法使い自体の数が減少しているため彼等だけではどうしても人手不足になりがち。だから魔法の使えない配達員にも一定の需要が存在します。

 ところが郵便屋さんのお給料は安月給なのです。郵便局は加盟国の払う分担金と客が支払う配送料を使って運営されています。なのに予算の七割を占めるその分担金の支払いを渋る国が多いのだとか。先日の新聞にも書かれていました。

 近年、火種を見つけると三柱教が即時介入するようになったため大陸のどこでも大きな争いは起きていません。けれどそれ以前の戦争のツケがいまだに尾を引いていて台所事情の厳しい国が多いようなのです。そして、郵便局員のお給料がシワ寄せを食っている状態。なのに戦争が少ないせいで食い扶持を失った傭兵達は次から次に郵便局員への転職を希望。そんな悪循環が出来上がってしまっています。

 ですから配達員の中には副業として傭兵を続けている方も少なくありません。お仕事は臨時雇いの用心棒なんかですけどね。お給料をきちんと払えていない自覚が郵便局側にもあるため、その実情は黙認されています。噂では分担金を出し渋る国への配達は後回しにしてもいいという暗黙のルールまで存在するとか。タキアでは郵便の配達が遅れたことはありませんし、本当のことかもしれません。

 この手紙──アイビー社長からの便りによると、クチナシさんも傭兵稼業を副業としている郵便屋さんなのだそうです。かなりの凄腕だと書かれていますね。あの方にここまで言わせるほどですから、よっぽどのものなのでしょう。

 納得しました。ロウバイ先生に郵便で連絡なんておかしいと思ったのです。先生と社長は師弟ですもの、普通ならテガミドリを使うはず。配達ついでに彼をココノ村へ派遣するため、こういう連絡手段を選んだのですね。


 でも、本当にこの方、そんなに強いんですの?


「クチナシさんは魔法使い……ですよね?」

 何故疑問形なのかと言うと、感じ取れる魔力があまりに微弱だからです。魔力が弱いと常々嘆いているクルクマのさらに一割程度しか無さそうに思います。これでは普通の人と大差ありません。

 実力を隠しているということでしょうか? だとしたら魔力を隠す技術を教わっておきたい。そう思った私に、けれども彼は頭を振ります。

「“魔法使いじゃないよ。ただの剣士だよ”……ええ~?」

 剣士? 剣で戦いますの? たしかに腰に長剣を佩いておられますし、よく見たら背中側にも短剣が括りつけられていますが、本当に普通の剣士なんですの?

 私はもう一度手紙に目を通しました。こう書かれています。


『ロウバイの留守中、貴女達を狙う者が現れるかもしれない。だから代理の護衛を手紙と一緒に送る。名前はクチナシ。変わった子だけれど腕は立つし、悪人ではないから仲良くしてあげて』


(う~ん……?)

 いまいちわかりませんが、あの社長が言う以上、頼りにはなるのでしょう。あまり深く考えないことにしました。

 とりあえず、改めて手を差し出します。

「では先生が戻るまでの間、よろしくお願いします」

「……」

 その手を握り返したかと思うと、手の甲に軽くキスをするクチナシさん。突然のことでビックリしました。気障ではありますけど、この人がやると絵になりますね。悪い気分はいたしません。

「あら、素敵」

 横で見ていたレンゲおばさままで、ポッと頬を赤らめました。




 ガーン!! 頭の中で鍋と鍋をぶつけたような音が鳴り響く。

 モモハルはふらつく足取りで厨房を出る。今までここで料理修行を行っていたのだ。視線の先には手の甲にキスされて頬を赤らめたスズラン。そしてキスした大人の郵便屋さん。どちらもすごくキラキラしている。彼は泣きそうになった。

 すると、そんな息子の背中を父が優しく押し出す。

「バカ野郎。モモ、オメエ、こんなことしてる場合じゃねえ。あの兄ちゃんにスズちゃん取られちまうぞ」

「や、やだっ!!」

「じゃあ行け! いいか、絶対に諦めんな! 幸いオメエは父ちゃんと違ってツラは悪くねえ! スズちゃんも母ちゃんほどそっけなくねえ! きっといける! だからどんだけ冷たくあしらわれたってくじけるな! 父ちゃんもな、そうやって母ちゃんの愛情を勝ち取ったんだ!」

「うん!」

「あなた、声が大きくて全部聞こえてるわよ。あと、あれはあんまりにもしつこくて同情しただけだからね?」

「ヘッ、同情だろうがなんだろうが情は情。同じ情ならそっから愛情に育っていくこともあらぁな。なあ、母ちゃん?」

「……」

「母ちゃん? レンゲ? あの……レンゲさん……?」

「モモ、お父さんみたいに図に乗っちゃ駄目よ? スズちゃんは紳士的な人が好みらしいから丁寧に優しく、でも決して下手に出るわけではなく、包み込むような気持ちで接してあげるの。わかった?」

「うん」

 モモハルは直感した。母のアドバイスに従おうと。神子としての彼の能力も訴えている。そちらが正解だと。

 でないと、将来父のように尻に敷かれることになる。

「ス、スズ! いっしょにあそぼう!」

「あらモモハル。今日はもう料理の練習はいいの?」

「うん! だからあそぼう!」

「どうしたのよ急に? あ、クチナシさん、この子はモモハル。この宿屋の子です」

「スズのともだちだよ!」

 牽制するようにスズランとクチナシの間に割って入る。するとクチナシは彼の手を取り、また手の甲にキスをした。

「えっ!?」

「“可愛いボウヤだね。安心して小さな騎士さん、君のお姫様は”──って、いきなり何を言ってるんですか!?」

「ス、スズ、この人、ちょっとこわい」

「“怖がらないで。僕は君達の味方だよ。二人の仲を”……いや、だから」

 モモハルが困惑して、スズランはげんなりする。やがて二階からモモハルの妹ノイチゴも降りて来た。

「おかーさーん、ノイチゴのクレヨンどこー?」

「どこーって、また出しっぱなしにしてたから片付けたわよ」

「だしっぱなしじゃなくて、つかうからだしてたの」

「そんなの見たってわからないわよ。ちゃんと毎回片付けなさい」

「うう~……う?」

 彼女は兄とスズランの姿に気付いた。そして二人の前に立つ青年の姿にも。

 瞬間、目を大きく見開いて駆け寄って行く。

「おにいちゃん! スズねえ! おうじさまがいる!! ほんものだ!!」

「ちがうよノイチゴ。この人はゆうびんやさん。ゆうびんやさんのふくをきてるでしょ」

「えーっ!? だって、そっくりだよ、ほら!」

 手に持っていた厚紙を掲げてみせるノイチゴ。そこには彼女の手により様々な絵が描かれていた。七歳の子供にしてはなかなか達者な作品だと言える。

 その中に、たしかにクチナシに似た“王子様”の絵があった。おそらくは空想で描いたものだろうが全体的な雰囲気はたしかに近い。

「“僕の絵を描いてくれたのかな? とても上手に描けているね、ありがとう、小さくて可愛いお姫様”」

「? スズねえ、きゅうになにいってるの?」

「いや、私じゃなくてこの人。クチナシさんが言ったの。ほら、手を動かしてるでしょ」

 スズランに言われて王子様の手を見ると、たしかにクルクルと素早く形を変えて動いている。

「“僕は呪いで声が出せなくなったんだ。だから代わりに手の形を使って話すんだよ。手話っていうんだけど、お姫様も覚えてみる?”だって」

「おもしろそう! やってみたい!」

「ええっ、むずかしそう」

 モモハルは不満を漏らす。彼としては外で遊びたい。

 しかし──

「モモハルには私が教えてあげるから。一緒にやりましょ」

「わかった!」

 スズランの一言であっさり意見を撤回した。結局のところ彼は彼女さえ一緒にいてくれれば何でもいいらしい。

「ほんと、性格はあなたにそっくりね」

「お、おう……ところでレンゲ、さっきの話なんだけどよ」

「さて、そろそろ洗濯物でも取り込もうかしら」

「レンゲェ~……」

「冗談よ」

 そう言って夫の頬にキスするレンゲ。途端にサザンカは機嫌を直す。

「ハッハッハッ! よーし、オレも新メニューでも考えてみっか!」

「やれやれ」

 うちの人は本当に単純。そっくりな父子だと、彼女は肩をすくめた。

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