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一章・無口な郵便配達員(2)

「ハハハ、流石はロウバイ先生。スズラン君も先生が相手では形無しですな」

「ふふ、スズランさんは将来有望な魔女です。いずれは追い越されますよ」

「そうですか。たしかにそうですな、子供達は成長が早い。自分も最近ではモモハル君に一本取られる日が近いのではないかと危惧しておる次第でありまして……」

「まあ……」

 あの、すいません、そろそろ家に入りたいんですけど……。

「おっといかん、このままではスズラン君が風邪を引く。そろそろ失礼いたします」

「送っていただいてありがとうございました」

「いえ、ご婦人方をエスコートするのは衛兵としても男としても当然の義務です。世の中、何が起こるかわかりませんからな」

 いや、真っ昼間ですよ。なんの危険があるんですか。

「では、また、では……」

「はい、ぜひ、はい……」

 お互いにペコペコと何度も頭を下げる二人。まったくじれったい。こんな調子ではいつになったら関係が進展するやら。

 まあ、それはそれとして家に入りましょう。

「先生も中へどうぞ」

「あら、ではお言葉に甘えて」

「ただいまー」

 私達が帰宅すると、父と母が同時に振り返りました。

「おかえり、スズ」

「おかえりー。って、先生いらっしゃい」

「お邪魔します」

 直後、両親はびしょ濡れの私の拗ねた顔を見て察します。

「そっかあ、今日も勝てなかったかあ」

「スズが手も足も出ないなんて、本当に先生はすごい人なのね」

「いえ、それほどでも」

 全勝しといて謙遜されると嫌味ですっ! 母の持って来てくれたタオルで体を拭きつつ、私はその言葉を飲み込みました。口には出しません。さらに負けた気分になりますもの。

 すると、

「ね? 水着も着といてよかったでしょ?」

「ううううう……っ」

 母までもしたり顔。なんなんですかもう、みんなして!

 嫌い! にはなれないので、ちょっとの間だけ口を利きませんわ!

 けれどプンスカ怒る私の頭を父は優しく撫でるのです。

「スズ、お母さんはスズが失敗するのを見られて嬉しいんだよ」

「ちょっとあなた、それじゃあたし嫌なやつじゃない!?」

「はは、そうじゃないだろ。スズが普通の子と同じように怒ったり悔しがったりする姿を見るとね、お父さんもお母さんも安心するんだ。神子(みこ)だなんて呼ばれていても、やっぱり僕達の知ってるスズなんだなってわかるから」

「……そうなの?」

「えっ、えと……」

 赤くなって目を逸らす母を見て、ふうと息を吐きます。頭が冷えました。

「じゃあいいよ、いくらでも笑って。最悪の魔女の娘でウィンゲイトの子孫でも、どうせ私は、お母さんとお父さんの子なんだから」

「なんだかトゲのある言い方だわ。お母さん、そういうの良くないと思う」

「そうですよスズランさん。お母さまのお気持ちも……あら?」

「あららあ、この子ったら」

「スズはいつまで経ってもお母さんから離れられないなあ」

「大きくなったら離れなくちゃいけないなんて法律はございません」

 私は母の腰にしがみつきつつ言い返します。安心したいのであれば、どうぞ、お好きなだけ間近で観察してくださいまし。私も好きなだけくっつきますもの。

「ていうかスズ、どうせなら着替えてからにしてよ。お母さんの服もしっとりしてきたんだけど」

「お腹が空いた。先にお昼にしよう」

「はいはい、今日はリクエストに応えてチーズムオリスよ」

「先生もご一緒にどうです? 家内が先生の分もと用意してあるんですが」

「まあ、それを断ってはかえって失礼ですね。では、お言葉に甘えて」

 そうして私達が全員食卓についた、その時です。


 コンコン。

 誰かが玄関のドアを叩きました。


「あら? こんなお昼時に誰かしら?」

「モモハル君じゃないかな」

「それにしては音の位置が高かったよ。というか……」

「ええ、微弱ながら魔力を感じます。これは、ひょっとして……?」

 心当たりがあるのか、ロウバイ先生は真っ先に玄関へ向かいました。私も認識阻害の呪が仕込まれたメガネをかけて追いかけます。相手が魔法使いなら私達の出番。

 先生がドアを開けると、そこに立っていたのは一人の男性。

「……」

 ニコリと私に微笑みかけ、帽子を持ち上げる彼。すっごい美形さんです。全身を包んでいるのは誰もが見慣れた黒い制服。腰には長剣を佩いています。

 見慣れない顔のその人は、無口な郵便屋さんでした。




「あら、綺麗な人ね」

「本当だ、役者さんみたいだ」

 少し遅れて玄関まで来た両親も驚きます。たしかに私もこんな綺麗な男性を見るのは初めて。中性的で清潔感があり、なんというか空想の王子様そのものって外見ですわ。郵便局の制服もちょっとそれっぽいデザインですし。

 髪は若干色素の薄い金髪。瞳の色は翡翠色。大きくはありませんが、キラキラしていて本物の宝石のようです。全体的にモモハルに似ているかもしれません。あの子も中性的な顔立ちの美形ですからね。笑顔が人懐っこいのも共通点。

「クチナシさん、あなたがどうしてここに?」

「お知り合いですか?」

 私の問いに先生は困惑顔で頷きました。

「え、ええ、この方は」

「……」

 その返答を遮り、封筒を一通差し出す彼。私や両親ではなく、宛先はどうやらロウバイ先生。

「わたくしにですか?」

「……」

 彼は滑らかな手つきで右手を動かし、指で様々な形を作りました。今度はそれを見た私が呟きます。

「“そうです、ロウバイさん宛てです。村の人に訊いたらここにいると伺いました”」

 すると同時に目を見開く二人。

「スズランさん、手話が読めるのですか?」

「……」

「“すごいね”ですか。いえ、それほどでも。隣村のベンケイさんが耳の不自由な方なので、お話できるように本を見て覚えただけです。よくうちの肥料を買ってくれるお得意様ですから」

 こちらから手話でメッセージを伝えることも可能ですけれど、このクチナシさんという方が相手なら必要ないでしょう。さっきから先生も普通に話しかけています。耳ではなく口が不自由な方なのでしょうね。

(失声症でしたかしら? 声帯を動かすための神経が麻痺して声を出せなくなる病気があったはず……)

「スズのおかげで買い物しやすくなったって、ベンケイさん喜んでたよ」

「えらいえらい」

 ふふん、お父様とお母様はいくらでも褒めてくれて構いませんわ。先生にコテンパンにされた精神的ダメージがみるみる癒されていきますもの。

 一方、渡された手紙に目を通した先生はハァと深いため息をつきます。そんなにあからさまに落ち込んで、どうなさったんですか?

「申し訳ありませんカタバミさん。わたくし、出来る限り急いで出発せねばならなくなりました」

「え? 何かあったんですか? ひょっとしてイマリで……?」

「いえ、とうとう“七王会議”の開催が決まったのです。なので、アイビー様から手伝うようにとの通達が。王達の都合の合う日が一週間後しか無く、急遽準備を始めたと書いてあります」

 会場の手配に各国の王の移動経路の安全確保。通過する国々への挨拶と協力要請。護衛の選別。宿泊施設の予約。会議の進行を円滑にするための資料作成と事前の打ち合わせ。

 想像できる部分だけでもやるべきことが山積みです。それを一週間で全部やらなければならないのだとしたら、たしかに寸暇も惜しいでしょう。

「せっかく用意してくださったお食事に手も付けられず、申し訳ございません」

「あ、いえ、気にしないでください。うちの子とモモ君のために頑張ってもらってるわけですし」

 頭を下げた先生に、慌てて下げ返すうちの両親。そうですよね、その七王会議って私とモモハルのために開かれるのですよね。


 ──春先のイマリ王国への旅。あの旅行の本当の目的が“七王会議”の開催、ひいてはそれによる私とモモハルの正式な“神子”認定にあったという事実は村に帰って来てから聞きました。私達をぬか喜びさせるかもしれないからと、会議の開催が確実になるまでは黙っていたのだそうです。

 私達が世間に正式に神子として認められるには、まず三柱(みはしら)教にそれを認めさせなければなりません。けれどモモハルはともかく、私は彼等の怨敵“最悪の魔女”の娘ということになっています。教会は素直に認めようとしないでしょう。

 だから強力な後押しとして大陸七大国の王“七王”による推薦が必要。そう考えた先生はイマリのルドベキア国王陛下の力を借りて七王会議を開くことにした、というのが春の出来事の発端だったわけです。


「では、わたくしはこれで失礼します。スズランさん、留守にしますのでモモハルさんとノイチゴさんに、学校はしばらくお休みだとお伝えください」

「はい、わかりました。お体に気を付けてくださいね、先生」

「ええ、無理はしません。あなたも十分に気を付けて。それから──」

 ちらりとクチナシさんを見る先生。なんでしょう? さっきから、何故かこの人を警戒しておられるご様子。

「あの方をよく見ていてください……どうやら、しばらく村に滞在されるようですから」

 先生が私に囁くと、クチナシさんは手話で反論。

「“子供と既婚者は守備範囲外です”……って、どういう意味ですの!?」

「そういう意味です。くれぐれも、くれぐれもあの人には近づけさせないでください!」

 え? えっ? 先生が心配しているのはノコンさん? もしかして、この方って男色家(そっち)なんですの?

 ともかく不安は理解できましたので、私はこくりと頷いておきます。でないとなかなか出発してくれそうにありません。

「ご安心を。ノコンさんに悪い虫は近付けさせません!」

「信じます。それでは、失礼いたします!」

 ようやく踏ん切りをつけ、自宅の方へホウキで飛んで行く先生。本当に急いでいるようです。

 直後、私と両親はクチナシさんの視線に気が付きました。私達を見ているわけではなく、じーっとテーブルの上のムオリスに注目しているのです。本来ならロウバイ先生にお出しするはずだった一品。

 ……まあ、先生は行っちゃいましたからね。

「よ、よければ食べますか? 無駄になっちゃいますし」

「“ありがとうございます”……ちゃっかりしてますね」

「また変わった人が来たものだね」

 苦笑しながら自分の席につく父。私と母もそれぞれの席に座り、最後に空いている席にクチナシさんが着席しました。目がさらにキラキラと輝いています。背は高いのにどこか子供っぽい人ですこと。

 なにはともあれ、

「いただきます!」

 私も目を輝かせ、大好物のムオリスにスプーンを突き立てました。

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