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一章・無口な郵便配達員(1)

 ココノ村に、また夏がやって来ました。

 そして私は(わたくし)、突然宙を舞っています。


「ひああああああああああっ」


 情けない悲鳴と共に川へ落下。けっこう深いところに落ちたせいで盛大な水柱が上がりました。

「げぇっほ、えほっ、えほっ」

「まだまだです」

 なんとか自力で川岸まで這い上がると、先程と変わらない立ち位置から冷たい眼差しを向けて来るロウバイ先生。蜂蜜色の髪の半分を大きな麦わら帽子で隠し、涼し気な薄手のシャツとスカートという出で立ちです。色は上が白で下が青。なかなかに良い組み合わせだと思います。大変お似合いですし清楚な感じはきっとノコンさんの好み。

 ──などと、半分現実逃避しながら服装を評価していたら、先生も私の実力を採点してくださいました。

「今のは二十点ですよ」

「厳しい……」

 というかこの方、強すぎでしょう? いくらこちらが全力で魔法をぶっぱなせない状況だからって、こうも一方的にやられます? この組手を始めてから今日でちょうど一週間。一矢報いるどころか、戦えば戦うほど打つ手が無くなっていくような……。

「そろそろ攻め手が尽きましたか?」


 考えまで読まれました。


「だとしたら良いことです。これはあなたの地力を上げるための授業なので場当たり的な思い付きや小手先の技に頼ってはなりません」

「ううう、それはわかっていますけど」

 私は下から先生を睨め上げ、どうしたらギャフンと言わせられるものか、再び“稚拙な作戦”を練り始めました。

 だって悔しいですわっ!! まさか、この“最悪の魔女”がここまでコテンパンにされるなんて思いませんでしたもの!!


聖実(せいじつ)の魔女”ロウバイ。


 七大国の一つイマリ王国の賢者にして英雄。その実力は、あの“才害(さいがい)の魔女”や“森妃(しんぴ)の魔女”にも一目置かれるほど。

 そう伺ってはおりましたけれど、今の彼女は本来の肉体を失って錬金術で造られた仮の器を動かしている状態。魔力の出力は全盛期の十分の一まで落ち込んでいます。


 それでこの強さですよ? 反則でしょう!!


「自覚はあるようですが、他人の口から改めて言われることも大切でしょう。なので今日も言いますよ? あなたは基本を疎かにしすぎです。もちろん、あなたの規格外の魔力を思う存分揮うことができれば話は別。それならあなたは世界最強の魔法使い。わたくしが保証します」

 けれど、と続ける彼女。

「相手は必ずあなたのその魔力を警戒します。あなたの“強み”を知っていれば、けして思い通りには戦わせてくれないでしょう。あなたの力を削ぐために様々な工夫をしてくるはずです。仲間と分断し、足枷を作り、肉体より先に精神を攻撃する。十重二十重に絡め手を用意しているかもしれません。

 実力を十分に発揮できない状況。そんな時に一番信頼できるのが最もシンプルで基本的な技術です。誰にでもできる当たり前のことを大切になさい。反復して身体に覚え込ませ、呼吸も同然に容易く行えるようになったそれだけは、いついかなる状況でも絶対あなたを裏切りません」

「ぐぬぬ……」

 グゥの音も出ない正論です。私は白いワンピースを脱いで水着姿になりつつ、一年ゲッケイとの戦いを思い出しました。


 ──味方との分断。深層意識の乗っ取り。幻術での方向感覚の喪失。繰糸(くりいと)魔法で村の皆を操っての人質作戦──


 実際にロウバイ先生が言った通りのことをされました。あの時どうにか勝てたのだって自分の力ではなく、モモハルと村の皆、クルクマ、そして謎の助っ人さんのおかげ。私は結局のところ皆を強化するために魔力を垂れ流し、土壇場で持っていることを思い出した大砲をぶっぱなしただけ。

 しかも敵は明らかに万全の状態ではありませんでした。あんな蜘蛛の怪物になって正気を失っているように見えましたし、あちらこそ本来の実力を発揮できていなかったのだと思います。要するに運が良かった。そうでなければ、あの頃の私では絶対に勝てない相手だったはず。

 いえ、今だってそうでしょう。魔力の弱ったロウバイ先生にすら勝てない私が、彼女の本来の肉体を乗っ取ったゲッケイと戦って勝てるはずがありません。一度勝った相手とはいえ、様々な方に出会い、自分の未熟さを知れば知るほど強くその事実を認識するようになりました。我ながらとんでもない婆さんに挑んだものです。

 だからこそ努力をせねばなりません。まだ私には倒さねばならない敵がいます。それも、相手は確実にゲッケイ以上の脅威。

「ここでいいかな」

 脱いだワンピースを日差しで暖められた岩の上に干します。あそこなら短時間で乾いてくれるでしょう。雑巾みたいに絞ったりしてはいけません、繊維が傷みます。本当は熱も良くないんですけどね、少しの間なら平気でしょう。

 さあ、それではもう一戦行きましょうか。そろそろお昼時ですし、ここらで一本取って差しあげます。実はそのための布石も打ってあるのですよ。

 ゆらりと両手を持ち上げ、構える私。

「ふふふ、今度こそ先生にも行水してもらいますわ」

「急にずいぶんな自信ですね。何か良い策でも思いつきましたか? しかし、さっきから何度も言っているように大切なのは基本にどれだけ習熟しているかで──」

 再びお説教が始まりかけた時、私は先生の後方、絶好の位置に“布石(あのひと)”が現れたことを確認しました。手を振ってその方に呼びかけます。

「あ、ノコンさーん! こんにちはー!」

「やあ、スズラン君。そ、それにロウバイ先生っ」

「ノッ!?」

 予想通り先生の顔色が変わり、乙女の表情になって後ろへ振り返りました。私はその隙を見逃さず最短最速で魔力糸を繰り出します。

 フハハハハハハハハハハハハ!! 流石ノコンさん、約束の時間ピッタリですわ! この時のためにロウバイ先生の名前で呼び出しておいたのです! やっぱり隙が出来ましたわ先生! これであなたもついに水浸しになるので──


「すぅわあっ!?」


 突然足首に魔力糸が絡まり、逆さまで宙吊りにされる私。そのまま何が起きたのかさえ理解できぬうちにまたしても川へ投げ込まれました。

 ドボーン! 水柱を立てて水中へ沈み、そこでようやく気が付きます。あの会話の最中、先生もやはり布石を打っておいたのだと。私が奇襲を仕掛けることを予測し、こちらに気取られないよう、おそらくは河原の石と石の隙間を縫って糸を近づけた。そして足の周囲で輪を作り、私が不用意に動いたら即座に輪を閉じて捕縛できるよう条件設定しておいた。それこそ考えるまでもなく反射的に糸を操れるから可能な芸当。

 ひょっとしたら、こちらが精神攻撃を狙うことまで予想して自身の心の動揺を罠の発動条件にしてあったのかもしれません。

 なんにせよ、がぶごぼべぶぼっ!

 また負けましたわ、もうっ!!

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