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三章・英知の魔弾(2)

「あああっ!?」

「く、うう……うううううっ」

「カ、カタバミ……! お願い、カタバミだけでも……!!」

「おや?」

 少しずつ、少しずつ締め上げる力を上げていたベロニカは違和感に気付く。カタバミという名のあの女。彼女だけ何かがおかしい。自分の身というより自分の腹を守ろうとしている。もう一人の女も自身より彼女を気遣う様子を見せていた。

(──まさか)

 そう思った瞬間、意識に空白が生まれる。

 そこへ無数の石が飛んで来た。

「やめろこのっ!!」

「レンゲ達を放さんか!」

「あっ!?」

 その一瞬、動揺のせいで集中が途切れ、カタバミとレンゲを地面に落としてしまうベロニカ。

「きゃあ!?」

「大丈夫か二人とも!?」

「多分……」

 すると、さらに予想外の追撃がベロニカ達へ襲いかかる。


「がッ!?」


 突然部下の一人が悲鳴を上げる。右肩から血が出ていた。さらに立て続けに飛んで来た何かが他の二人の魔道士にも手傷を負わせる。元聖騎士だけは剣でそれを弾いた。

「うぐっ!?」

「ぐあッ」

「なんだ、これは!?」

 謎の攻撃はベロニカの左肩と右足に対しても飛んできたが、彼女の纏う不可視の力場によって止められる。

(宝石?)

 地面に落ちたのは紅い結晶。おそらくは蓄魔宝石オクノキア。


 事態はさらに流動する。


「どっぼくこうじ~」

「ぼくらの得意な」

「建設作業!!」

 どこからかそんな声が聴こえて来た直後、瞬間的に地面が隆起してお化けカエデの周囲に無数の壁を作り出す。村人達と自分達とが一瞬にして隔離された。

「なんです!?」

 もうスズラン達が戻ったのかと思った。けれど違う。せり上がって来た壁はただの土壁ではない。岩だ。しかも金属の構造材で補強されている。あの一瞬でこれだけ精密な加工を行う技術なんて、あの娘には無い。

 つまり別の術者!

「三つ子、彼女を閉じ込めて。他は任せる」

「了解、支社長!!」

「!」

 三方向の物陰から飛び出して来た三人の子供がベロニカを囲む位置で足を止め、地面に手をついた。

 途端、今度はドーム状の壁が現れて彼女一人をその中に閉じ込める。

「下らない! こんな壁、簡単──にッ!?」

 壁を壊そうとした彼女の眼前をさっきと同じ宝石が掠めた。馬鹿な、全方位を囲まれているこの状況でいったいどこから飛んで来た?

 だが、よく見れば周囲を囲んだドームの壁には小さな小さな、それこそあの宝石が一つようやくすり抜けられるかどうかという穴が複数作られていた。

「まさ、か……」

 戦慄する。敵の狙いがわかって背筋が凍りつく。

 その穴を通して外にいる相手の声が響いた。底冷えするような怒りと共に。

「私の家族に手を出した、その報いは受けてもらう」


 家族? まさか、この村の連中のことか?

 ということは、こいつは──


「ビーナスベリー工房の!?」

 ズドン! そんな音が聴こえた時には、すでに“背後から”飛んで来た宝石がベロニカの右頬を切り裂いていた。

「なんで!?」

 いつのまにか力場が消えている。よく見るとドームの壁には見慣れない装置がいくつか埋まっていた。そこに彼女のあの力の源が吸い込まれて行く。

 つまりは、

「魔素吸収変換装置!?」

 まずい。今追撃を受けたら無防備だ。彼女はすかさず魔力障壁を展開する。

 ところが続けて飛び込んで来た宝石は、その障壁まで易々と貫いた。

「ありえない!」

 自分の魔力はあの“最悪の魔女”に匹敵すると言われている。大陸最強に限りなく近い強さで、それによって展開された魔力障壁の強度も相応のものだ。なのにどうしてこんな簡単に?

 思考を巡らせている間にも宝石は次々に壁の中へ飛び込んで来た。しかも四方八方から、あの小さな穴をすり抜けて正確にベロニカを狙い撃つ。


「魔力の差は絶対的な力の差じゃない」

「!?」


 声は先程と別の方向から聴こえた。ドームの周りを移動しながら撃って来ているようだ。その姿は見えない。壁の向こう側を視認できるほど穴が多いわけでも大きいわけでもないからだ。でも、それは向こうも同じ条件のはず。

「クソッ!!」

 敵はおそらく感知能力が高いのだ。それなら壁越しでもこちらの位置を掴める。だからベロニカは“囮”の魔力球を大量にばら撒いた。これで向こうからもこちらの位置は掴めない。


 そう思った、なのに──再びの砲声。


「ッ!? ハ……っ」

 今度は左肩を射抜かれた。すぐに移動して位置を変えていたにも関わらず。

「な……なん、で……?」

 激痛に顔をしかめて膝をつく。どうしてこの状況でこちらの動きがわかる? あの女はいったい何をしている?

「ハァ……ハァ……は……あ?」

 やっとわかった。息が白い。夏なのに、このドームの中だけやけに気温が低い。冷気を流し込まれている。魔力を含んだ冷気を充満させ、それをかき分けて動く熱源を探知している。以前、教会所属の技術者からそんな魔法の話を聞いたことがある。

(ここは不味い!)

 この中にいたら一方的に削り殺されるだけ。そう判断したベロニカは魔法で突風を発生させ渦状にかき回した。案の定、質量の軽い宝石弾はその風に煽られて弾道がぶれ、命中精度を著しく落とす。

 無論、閉所でこんな魔法を使うのは自殺行為に等しい。迅速に次なる一手を打つ必要があった。壁に近付き手をついて、暴風の中、意識を集中しながら一気に魔力を流し込む。

「砕けろ!」

 ドームを形成した術式に、あのヒメツルにも匹敵すると言われた魔力で強引に干渉して上書きを行う。脆くなった壁は軽く押しただけであっさり崩れ、彼女は大量の冷気と共にそこから外へ躍り出た。

「よし!!」

 すぐさま全身を力場で包む。彼女にはそれが“銀色の煙”のように見えている。この物質を視覚で認識できる人間はほとんどいない。あのアイビー以外では自分達の一族だけが初めて、長い歳月をかけた研究の末に辿り着いたのだ、その境地に。


“魔素”を認識して操る力に。


「なっ!?」

 目の前で長い黒髪の女が驚く。

 やはりこいつか。ゴーグルで目は隠れていても、ビーナスベリー工房の関係者は一通り調べ上げてある。間違いない、この女は副社長のナスベリ!

「もう無駄ですよ……」

 こちらは再び魔素を纏った。なかなかの使い手のようだが、こうなれば恐れるほどではない。間髪入れず不可視の腕を伸ばして敵の首を狙う。

「貴女にこれは貫けないし、防げない!」

「──ナスベリにはね」

「えっ?」

 横合いからの声に振り返ったベロニカは、そこに信じられない姿を見た。碧い髪を彼女と同じく頭の左右で束ねて下ろした貴族令嬢の如き服装の幼女。どう見ても五歳くらいにしか見えない、けれども人類最長老の女がすぐ傍に立っていた。


森妃(しんぴ)の魔女”アイビーが。


「何……故、ここに!?」

 七王会議の準備にかかりきりのはず。だからこそ自分達は行動に出たのだ。

 相手は何も答えない。代わりに、その右手を無造作に持ち上げる。

「たしかに魔素は強力な盾。そして魔力障壁を無視できる矛。でも私がいればどうとでもなるわ」

「う、ああっ!?」

 吸い取られた。さっきの魔素吸収変換装置など比では無い。せっかく身に纏った魔素が一瞬にして根こそぎ奪い取られた。

 そして無防備になった彼女に対し、ナスベリが奇妙な道具の先端を向ける。グリップと短い筒を組み合わせた未知の構造の武器。それを両手に一つずつ。

「殺しちゃ駄目よ?」

「我慢します」

「い、嫌っ!!」

 咄嗟に魔力障壁を展開する。おそらくこれ以上強力な障壁を展開できる人間は一人しかいない。それほど徹底的に強度を高めた堅固な盾。

 ところが謎の武器から発射された無数の宝石は、立て続けに障壁に着弾したかと思うとその一部を粉砕した。残った二発がそれぞれに弾道を変え、同時にベロニカの両手の平に風穴を開ける。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 絶叫を上げ、彼女はその場にくずおれた。




 ナスベリが使っている武器は、アイビーやスズランのような規格外の存在との差を埋め合わせるため独自に開発した“回転弾倉式小型連射砲”である。火薬を詰めた薬莢の先に宝石を固定。その宝石弾を最大六発まで回転弾倉に装填。あとは引き金を引くだけで連射が可能な画期的な設計。その上で手軽に携行可能なサイズにまで小型化を果たした世紀の大発明と言っても良い代物だ。

 だが、この武器の真価は連射性でも携帯性でもない。魔法使いの魔力障壁を貫通できる効果にある。

 魔法は標的に向かって飛んで行く際の推進力にも魔力を消費している。だから、それを生み出す手段を大砲と同じ火薬に任せてしまえば、その分の魔力を威力の向上に割り振ることができる。

 さらに弾頭に使用している素材は、魔力を蓄積する性質を持ったオクノキアという宝石。これに限界まで魔力を注いでおく。すると発射と同時、その弾頭に付与された術式が発動して蓄積魔力を消費しつつ魔力障壁が展開される。

 モミジがそうしたように魔力障壁は範囲を狭めれば狭めるほど強度が増す。宝石一個分の小さな障壁ならオクノキアに蓄えられた魔力量でも強大な魔力を有する術者が広く展開した障壁のそれに匹敵するほど強度を高められる。

 そうして同等以上の魔力障壁をぶつけ相殺させた上でオクノキアそのものを弾丸として撃ち込んでやるのだ。障壁破壊後にまだ蓄積魔力が残存しているなら、着弾の瞬間に爆発させることだって可能である。今回はアイビーの“殺すな”という指示があったからやらなかったが。

 ナスベリのかけているゴーグルも機能特化型の呪物で、視界内の弾丸が発生させている魔力障壁に干渉し視線誘導で弾道を変化させられる。それほど大きく曲げられるわけではないが、標的と弾が見えてさえいれば命中率は飛躍的に増す。さっきはこれで一点に弾丸を集中させベロニカの障壁を突破したわけだ。

「ふう」

 息を吐き、回転弾倉式小型連射砲を腰のホルスターに収めるナスベリ。名前が長すぎるから別の呼び名を考えた方がいいかもしれない。そんなことを思いつつ、目の前の少女を見つめる。

 自分の魔力はスズランやアイビー、そして彼女には遠く及ばない。

 それでも──

「魔力の強さだけが強さじゃない。生まれついての差を埋めるために努力がある。知識がある。人は、諦めずに創意工夫を繰り返す」

 この武器はそんな弱い人間達の懸命な足掻きが生み出した物の一つ。格上の術者の魔力障壁を打ち破り、自在に弾道を変えて確実に敵を撃ち抜く英知の魔弾。

 技術者の意地、と呼んでもいいかもしれない。

 視線を動かし、親友の姿を視界に収め、去年の決闘のことを思い出した彼女はクスリと笑った。

「どう? 私も、けっこうやるでしょ」

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