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緋紗が昼食を終え、仕事場の作業台でお茶を啜っているとガラッと扉が開いて誰か入ってきた。振り返ると二年前に別れた渡辺達郎が立っていた。
「あら。久しぶり。どうしたの?」
喧嘩別れしたわけでもなく嫌いになったわけでもないので、さらっと緋紗は声をかけた。達郎はなんだか変な表情をしている。
「俺、今度結婚するんだ。それで松尾先生に式の招待状持ってきた」
長かった髪の毛を切り短髪になった達郎は、以前の少し暑苦しい作家風な容貌からこざっぱりとした好青年になっていた。
「へー。おめでとう!いつの間にー」
「ありがと。別にいいんだけど。あのさ」
「んん?」
「お前、先週の日曜、見慣れないスーツの男と一緒に歩いてたろ」
ぎょっとして少し慌てたが緋紗は、「それがどうかした?」と、平静を装って答えた。
「別にいいんだけど。なんか大丈夫なのかと思ってさ」
別れた女の心配をする二代目の人の良さに感心しながら緋紗は、「えーっとゲームのオフ会でちょうど帰り道同じだっただけだよ」と、嘘をついた。――あーあ。またこれで余計な噂されるなあ。
「オフ会? 変な奴らと会ってんじゃないよな?」
「違うって、もう何回も会ってるし」
「ふーん……」
面倒になってきたので、「結婚相手ってどんな娘?」話を逸らす。達郎は照れながら待ってましたとばかりに話す。
「去年センター卒業した娘で、うちに手伝いに来てたんだ」
「ほうほう。それで手を出したわけね」
にやにやしながら緋紗は聞いた。
「最初そんな気、全然なかったんだぜ? でもなんか、やけになつかれて」
しどろもどろに話しながらも喜びの表情が見て取れる達郎に心から祝福した。
達郎は備前焼作家の二代目で陶芸センターでは後輩にあたる。年齢も緋紗より二つ下だ。一度適当な飲み会に参加したときに盛り上がって付き合ったのだが、亭主関白で強引な達郎と個人主義であっさりした緋紗とは水と油だった。 お互いに尊敬できる部分もあったため嫌いになることはなかったが交われない部分が多すぎるため、別れる方がいいと判断した。久しぶりに見ると達郎も落ち着いてきた雰囲気がある。――達郎に合う娘なんだろうな。
「私は呼んでくれなくていいよ」
笑いながら言った。
「さすがに元カノ呼べまあ」
達郎も笑った。
「あの男とまた会うの? 付き合いそうなのか?」
再び聞いてくる。――しつこいなあ。
「え、ま、まあ感じのいい人だけどさ」
「そっか。お前も早く幸せになれよ」
「うんうん。達郎もお幸せにね。」
ますます面倒になった緋紗は適当に済ませた。達郎が帰った後少し考えそうになったが、師匠の松尾が来たので仕事を始めた。
眠る前にぼんやりと大友との会話を反芻する。
「昨日はなんの講習会だったんですか?」
「今日は苗木の取り扱いについての講座だったよ」
「苗木?」
――おじさんたちが小さな芽を大事にするのか。
勝手な想像で少し愉快になる。
「うん。動物もそうかもしれないけど人工的に育てるってことはそれなりにデリケートな扱いをする必要があってね。種類によっても違うから簡単ではないんだ」
緋紗は単純そうに見えることに奥行きを感じて、関心を持った。
「私は木を燃やす側なんですが、やっぱそういうのって森林破壊だと思います?」
いつも緋紗が疑問に感じていることだった。
「うーん。人って消費をせずにいられないからね。林業は木材を売って成り立つ商売でもあるから使ってもらわないと困るよ。僕は破壊があっても新しく創造できればいいんじゃないかなと思ってる。消費も生産もなく変化しないってことがどうなのか想像つかないけどね」
緋紗も同意した。作らずにはいられない。作っては壊し、作っては壊す日々だった。
自分のやっていることと大友のやっていることが、全く違うようなのに繋がっている不思議さを感じる。
いつの間にか、もっと彼と話がしたいと思い始めていた。
「あともう少し……」
指を折りながら、土曜日までの日数を数えて眠りについた。




