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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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6/47

 直樹は岡山駅の改札口を抜け、表示通りに表口へと向かった。駅前は明るく賑やかで大勢の人が行きかっていた。

 目印の桃太郎像はすぐわかった。あたりには待ち合わせだろうか、独りでスマートフォンなどをいじっている男女がぽつぽついる。見まわしたが緋紗らしい女性はいない。少し早い様で時計は八時五十分をさしている。桃太郎像の足元は腰を掛けるのに便利そうな段になっていた。

とりあえず座って昨日の講習会のことを思い出していた。直樹は林業に必要な技術や資格はもうほとんど取得している。それでも年に三回程度あちこちの講習会に出かけていた。そうすることによって新しい技術や考え方、方法を知ることができ、また他県の森林を見ることができるからだ。趣味と実益を兼ねた旅行のようなものだ。

同じようにあちこちの講習会に出ていて親しくなる人もいるのだが、そういう人たちは自分で林業を起こしたり、実家が林業でいよいよ自分が継ぐことになる人が多い。そういう意味では直樹は異色かもしれない。

顔見知りに、「起業するんじゃないの?」と、たまに聞かれるが直樹には全くその気はなかった。


 森に行き木に触れることができれば良かったからだ。兄の颯介に欲のなさを指摘され『草食男子』とあきれられてしまうが、実際に自分自身でも不満なく今の生活に満足しているので『草食男子』なのかとも思う。

しかし以前の会社勤めのままだと、こういう満ち足りた状態ではいられなかっただろう。仕事の内容に不満もなく人間関係もとくに悪くはなかったが、いつもなにかしら乾いている感があった。

 林業という仕事を知って簡単には飛び込めない雰囲気があり自信がなかったが林業体験時に、ずっとここに居たいという気持ちが強く芽生えた。初めて触る重機や木に登った時の高さには緊張したが、いつの間にか自然に馴染んでいた。まずは三年と思って必要な技術や資格をとっていったが気づくと三年はあっという間に過ぎていて五年目になっていた。今ではこの仕事を辞めることも変えることも考えなかった。

 それでも緋紗と出会ってからなんだか日々の色彩が彩度を増している気がする。緋紗のことを意識し始めたとき、目の前に息を切らせたボーイッシュな女の子が立っていた。


「おはようございます。お待たせしました?」

「いや、さっきついたとこ」

「そうですか。よかった」

「さて、どこ行こうか」

「あの。また嫌じゃなかったら美術館行きませんか?」

「この前の?」

「いえ。今度はまた別の、オリエント美術館ってところで『古代ギリシャ展』をやってるんです」

「そうなんだ。いいよ。ギリシャは好きだから」

 ――よかった。全く岡山らしくないけど……。


 美術館に入るとまず小さな出土品に出迎えられた。金貨や銀貨が鈍い光を放っている。


「この頃って日本何してたんですかね」 

――紀元前五百年も前。

「縄文時代が長いからね。」


 大友はヘラクレスが描かれた壷を見ている。


「ヘラクレス好きなんですか?」

「子供のころ昆虫展をデパートでやっていてね。その中にヘラクレスオオカブトがいてそれがすごくかっこいいと思ったんだ。しかも『ヘラクレスの栄光』ってゲームも流行っていて強さの代名詞のようだったんだ。それでヘラクレスをなんとなく調べるとギリシャ神話に行きついて。ちょっと憧れたけど自分とは全然違うなあと思って親しみは持てなかったかな」

「大友さんはヘラクレスよりオデュッセウスが似合ってるかな」

「うーん。本当にどちらかしかなければ、だね」

「あ、オデュッセウスのベッドの話知ってますか?」

「うん。確か生えているオリーブの大木をそのまま使って作った動かせないベッドの話だよね」

「生きてる木のベッドなんていい香りがするんでしょうね」

「丈夫で長持ちしそうだよね。」


 現実的な大友に緋紗は笑った。


「もうそろそろ帰る時間だな」

「またこっち方面に来る機会ってあります?」

――一緒にいるとすごく楽しい。

「そうだなあ」


 どうやらしばらく岡山の方を訪れる機会はなさそうだ。また緋紗のほうも静岡の方へ出かける用事も理由もなかった。たった二回会っただけなのでこのまま離れれば、共通点があるわけでもなく、もうそれっきりだろう。

 ゆっくり歩いているとネットカフェが目に入り思わず緋紗は「昨日、戦争だったなあ」と呟いた。


「戦争?」


 無意識のつぶやきを大友に聞かれて恥ずかしそうに答える。


「ええ、オンラインのゲームやってて土曜日の夜に戦争があるんですよ。昨日はなんか忘れてて」

「へえ。奇遇だね。僕もやってるよ。戦争も土曜と日曜の夜にあるんだ」

「日曜も? おんなじですね。なんてゲームですか?」

「ナイトロードってやつだよ。もう七年くらい前からやってるね」

「えー! 私もそれやってるんです」


 思わぬ共通点に心が躍ってくるのを感じる緋紗は、ネット上でも会える機会があると思った。


「種族は? 僕は獣人だよ」

「ああ。私ヒューマンです」

 緋紗は少しがっかりした。

「残念だね。一から一緒にやってみる?」

「うーん。もう週一、二の戦争でてるくらいで」

「僕もやりつくした感があるからなあ」

「じゃ戦争で待ってるよ。戦おうか」

「あ、面白そう」

「名前はなんていうんですか? 一応教えといてください」

「ミストだよ」

「あ。見たことある気がします。やられたことがあるかも」


 緋紗は狂暴そうな大きなバーサーカーを思い出して身震いした。


「んー。一応最高レベルだし装備も整えてはいたからね」

「ひさちゃんの名前は?」

「スカーレットです」

「今夜はもう間に合いそうにないけど、また次の機会にでも」

「ええ。楽しみにしてます」

「もし会えたら、戦争終わった後でモラドで待ってるよ」

「はい!」


 現実に会う約束ではないがインターネット上で会う約束が出来た。対立国家でそれぞれキャラクターを作っているので、中立国家であるモラドに行かないと会話は出来なかった。

 もう惰性でやっているオンラインゲームだったが二人は新鮮さを感じ、次の戦争を楽しみに待って別れた。

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