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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第三部

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46/47

 暑い夏の日、直樹と緋紗は家の近くにある滝壺にやってきた。こじんまりとした場所で軽い避暑地だ。優樹は部活動なので二人きりで過ごす。


「滝の水ってやっぱり冷たい」


 少し泳いで緋紗はあがり草の上に腰を下ろした。寝っ転がっている直樹は緋紗のグリーンのワンピースの水着を見つめる。


「昔、着てたヒョウ柄のビキニはもうないの?」

「一応とってある。着ないけどね」

「もう着ないのか。今も似合うと思うよ」


 初めてここで過ごした日を思い出していた。緋紗が直樹の悪戯を思い出し少し睨む。そんな緋紗の手を引っ張り直樹は自分の身体の上に乗せた。


「なんであんな事したの?」

「なんでだっけ?」


 とぼける直樹を緋紗が呆れた顔で見つめる。


「言っても怒らない?」

「うーん」

「じゃやめた」

「もう……。じゃ怒らない」


 直樹は身体を起こして緋紗を四つん這いにし腕を曲げさせた。


「このポーズが見たかったんだ。女豹のポーズって言うんだよ」


 緋紗は二の句が告げられずしばらく静止したのち「それだけのために……」と大きく息をはき出した。


「今見てもいいもんだよ。セクシーだ」


 直樹は笑って言い、また緋紗を抱きしめた。

いつもここに来るとエデンの園にいるような気がしてくる。


「知恵の実ってどんな味がしたのかしら」

「エデンの園の?」

「うん。林檎とか杏とか色々言われてるけど。やっぱり美味しかったのかな」

「美味しかったからアダムにも勧めたんじゃないの」

「かな。でも美味しくて勧めたんじゃないと思うの」

「じゃあなんで?」

「色々分かったことをアダムにも知って欲しかったと思うの。イブがアダムを愛している気持ちとか」

「なるほどね。無垢な関係から成熟した関係になったのかもしれないね。林檎をかじった後は」

「――直樹さんは蛇みたい」

「俺が誘惑したみたいじゃないか」

「私はそうだと思ってるんだけど」

「自分を林檎のように差し出したんじゃないのか?」

「やだ」


緋紗は成熟した蠱惑的な笑みを見せる。


「もう一本の木知ってる?」

「生命の樹?」

「そうそ。実を食べたら永遠の命が得られるらしいけど。どんな実なんだろうね」

「若い頃なら永遠の命って憧れたけど。今はそうでもないかな」

「中学生までだね」

「もしも永遠になら連理の枝がいい」

「比翼の鳥は?」

「うーん。飛びたくなくなったり、飛べなくなったりするとちょっと辛いかな」

「そんなときは一緒に休めばいいよ」

「ん」


 二人でまた水の中に潜り滝の裏側に行った。少しくぼんだ洞に座り濃厚な口づけを交わしてから戻り、そして家路についた。




 一年の中でこの時期の下刈りが一番きついかもしれない。直樹は新人たちの様子を伺いながら長く伸びた草を刈っていた。前野浩二に濃い疲労が見える。


「少しみんな休憩して水分補給をしようか」


 直樹は木陰の草の上で皆を休憩させる。


「慣れてても辛いからね。この作業は。脱水症状に気を付けて」

「はい」

「午後は長目に休憩するけど、やばいなと思ったら遠慮せずに休んでくれ」

「わかりました」


 この下刈りでまた脱落者が出るかもしれない。直樹もこの真夏の作業に入ると、いつも初めてこの作業をしたときのことを思い出す。永遠に終わらないのではないかと思われる暑さと、草の多さに辟易したものだった。

若くても『暑さ』に対する慣れがないと厳しい作業だった。うだるような暑さの中、それでも新人たちは食事をできるだけの元気はあるようだ。(ここで飯が食えないときついんだよな)

直樹は辞めていった人たちのことを思い、午後からも少し作業をし一日で一番辛い時間帯を長めに休むことにした。


「昼寝してもいいよ」

「はーい」

「ふー。疲れるなあ」


 作業は新人を含めて七人でこのあたりの草を刈った。それでも次々に草は伸びてくる。直樹のトランシーバーが鳴った。


『はい。大友です』

『石崎だけどそっちどう? こっち熱中症一人出ちゃってさ』

『こっちはなんとか大丈夫そうです』

『そうか。じゃ適当に頼むよ』

『了解』


 直樹はふうっと大きな息を吐いた。(年々暑くなるからなあ)


「あの。大友さん」


 浅井柚香が声を掛けてきた。


「ん? どうした? 調子悪い?」

「あ、いえ。すみません。ちょっと聞きたいことがあって……」

「そう。今、別班で熱中症が出たから気をつけてね。仕事のこと?」


 (じゃ、ないよな……)


「いえ。違うんですが……。ダメですか?」


(まあいいか。休憩時間長くしてるし、終業後ってのもあれだしな)


「いいよ。どうぞ」

「この前はありがとうございました。それで、あのペンションの沢田さんのことなんですが……」


 柚香が言いにくそうにしているが直樹は察しがついていたので代わりに話す。


「いい奴だよ。浮いた話一つなくて。週明け以外はだいたいあのペンションで演奏してるから良かったら行ってやって」

「そうなんですね。フリーそうでよかった」


 柚香がホッとした表情をみせる。


「まあ草食っぽいから女の子から押したほうがいいね」


 柚香は照れ臭そうにしているがまんざらでもないのだろう。小さな声で「ありがとうございました」と再度言った。

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