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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第三部

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43/47

 玄関を開けるとチョコレートの甘い、いい匂いが漂ってくる。優樹は今日もらったバレンタインデーのチョコレートを見つからないように、こっそりバッグの奥に入れ直してから家に上がった。


「ただいまー」


 緋紗が笑顔で出迎える。


「おかえり。今日はチョコレートケーキ作ってみたよ」

「あ、ほんと。楽しみ。」

「ご飯のあとでね。手を洗ってうがいして」

「はーい。」


 直樹も帰宅して台所を覗いた。


「ただいま。いい匂いだね」

「おかえりなさい。食後のデザート作ったの。夕飯はもう三十分くらいあとね」

「楽しみにしてるよ」


 直樹が作業服から部屋着に着替えていると優樹がやってきた。


「お父さん、おかえり。あのさあ。今日ね。チョコもらったんだ」

「へー。やるじゃないか。クラスの子?」

「うん。でさあ」


 もじもじしている優樹の様子を見て、直樹は察した。


「告白でもされた?」

「うん。付き合ってほしいんだってさ」


(小学生で、もう付き合うのか。ませてるなあ)


「優樹はその子好きなのか?どんな子?」

「うーん。和奏ねえちゃんに似てる。綺麗な子で頭もよくて。でもちょっと怖いかな。でも俺には優しいんだ」


 直樹は苦笑した。優樹は顔は直樹に似ているが性質はなんだか和夫に似ている。和奏と姉弟のように育ったせいかもしれない。


「じゃ、どんな子が好きなんだ」

「んー。なんか一生懸命な感じで可愛い感じかな。お母さんみたいな」


(やれやれ……)


「付き合ってる子って他にいるのか? 早い気がするけど。」

「クラスの半分は付き合ってるよ。孝太にいちゃんだって彼女三人いるって言ってた」


 直樹は絶句した。(兄貴よりひどいな……)


「ほかに好きな子がいなくて楽しく出来そうなら付き合ってもいいんじゃないのか」

「そうだね。いいよって言ってみる」


 あっけらかんと言う優樹に、ため息交じりに直樹は続ける

「じゃあ。今日から自分の部屋で寝ること。親と一緒に寝てるってばれたら恥ずかしいだろ」

「そっかあ……。俺、来年中学だもんなあ。わかった。一人で寝るよ。」


 (俺、グッジョブ)直樹は笑いそうになるのを堪えた。


「ねえ。お父さんはお母さんのどこが好きなの?」

「お前と同じだよ。一生懸命で可愛いところ」

「ごはんよー」


 緋紗の明るい声がかかる。


「ご飯にするか。」

「うん。今の話お母さんに内緒ね」


 優樹は爽やかに笑った。


 バレンタインデーから一週間たつ。優樹が直樹と緋紗の寝室で眠ることが無くなった。


「いきなり自分の部屋で朝まで寝るなんて。どうしたのかしら。何かあったのかな」


 心配する緋紗に直樹はほくそ笑んで答えた。


「そろそろわかると思うけどあいつ、彼女ができたんだよ。優樹には話したってこと内緒にしてて」

「ええ。そうなの? 早すぎないかしら」


 緋紗は目を丸くする。


「今時、高学年でもう半分は付き合ってるってさ」

「へー。すごいのねえ」

「一緒に下校したり宿題したりする程度らしいけどね」

「そうなのねえ」


驚きながらも少し寂しい気もしていた。



 すんなり伸びた杉の木が等間隔に並べられている森の中で、浅井柚香は深呼吸をする。すがすがしくてしっとりとしてとてもリラックスできる場所だ。

踏んだ柔らかい感じの地面が心地よい。柚香は三十歳を目前にして林業組合に転職した新人だ。(やっと来れた)


 ずっと憧れていた職業だったが、男社会という事と危険度によって家族に猛反対をされていた。林業以外ならなんでもいいと言う事で、これまで園芸、造園、建築、木材関係等の色々な木に関係のありそうな仕事をしてきた。

結局どの仕事も柚香には今一つで、短期間で転職を繰り返す羽目になっており、あまりの転職の頻度の高さに、とうとう家族は林業組合への転職を許した。(木が触りたいんじゃない。森の中にいたいんだってばっ)


 林業組合員だった柚香の祖父は、幼い頃いつも森の中の話をしてくれた。毎日違う森の色、香り、柚香は毎日、森の様子を祖父に聞いていたおかげで気分だけは森の住人だった。いつか大好きな祖父のように森の中へ行こうと思っていたのだ。

 数名の男に混じって研修を受けながら、毎日体力との戦いだったが幸い、休憩時間と終了時間、休日がきちんとあるのでなんとか持ちこたえていた。

また組合員の中に、柚香をときめかせる男がいたおかげで仕事へのモチベーションが高かった。(大友直樹さんって渋いなあ。仕事の仕方も外見も)

持ち場が同じではあるが仕事の内容上、たいした接近はできない。なんとか昼食時に顔を合わせることができるのだが他の組合員の手前、会話を交わすことも難しかった。

しかも既婚者であることを、人伝えに聞いて知っていた柚香にとって憧れの先輩という位置にしか存在させられなかった。


 新人研修の間、他の新入りの男より体力や仕事を覚えることに後れを取ってはいなかったし、柔軟性と木に関係した転職数のおかげで林業組合に馴染むことは早かった。

ただ重機の扱いが苦手で、チェーンソーは勿論のこと草刈機ですら上手くエンジンが掛けらず、他のベテラン組合員にも教わったのだがうまくいかなかった。

 そこに直樹が現れる。まず直樹の手つきは滑らかで扱う重機がまるで楽器のようだった。(チェーンソーがマンドリンに見える……)

丁寧にコツを教えられ、重機を人並みに扱えるようになった頃には、尊敬と感謝とが入り混じった恋心が芽生えていた。


 終了時間が近づいてきた。春とはいえ森の中は薄暗くなってくる。


「浅井さん」


 柚香は声を掛けられて振り向いた。(あ、大友さん……)


「はい」

「明日休みだけど、僕の家で夕飯食べない? 送り迎えはしてあげるよ」

「え。ほんとですか。行きます行きます」


 (やっと順番が来たっ)直樹が新人を個人面談のように自宅に呼んで交流を深めていることは知っていた。


「じゃ夕方アパートに行くから待ってて」

「はい。待ってます」


 落ち着いた低い声に少しうっとりしながら柚香は帰り支度を始める。(帰ったらさっそく服選ばなきゃぁ)柚香は気合を入れて家路についた。


「明日また新入り呼ぶよ」

「そうなの。今度はどんな人?」

「今度は林業女子」

「え。女の子なの?すごいね。体力仕事なのに」

「そうだね。よく頑張ってると思うよ」


 直樹はフォレストマネージャーになっており、人材の育成にも力を注ぐ責任があった。三十代の頃は森にいて木々の相手をすることだけに関心があり、人との関わりには大した興味を持てなかったし、必要だとも思わなかった。

ただ段々と責任が増えるにつれ、後進の育成にも必然的に関わることになる。幸いなことに年齢を重ねるにつれ、人とのかかわりが億劫でなくなってきたし、積極的に育てようと思う意欲も湧いた。

新しく入った組合員をこうして自宅に招くことも増えている。そうやって交流を深めながら人と森をも直樹は繋いで行った。

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