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直樹は優樹と一緒に久しぶりに実家を訪れると兄の颯介が出てきた。(ますます親父に似てきたな)
若々しいが恰幅が良く機嫌の良さそうな颯介は亡き父の輝彦に酷似してきている。
「おっす。お、優樹もきたか。孝太がいるぞ」
「おじちゃん、こんにちは」
優樹は簡単に挨拶をして孝太の部屋へ向かって行った。
「兄さんと孝太だけ?」
「ちょうど早苗と母さんは買い物。聖乃は部活だな。ゆっくりしてけよ」
直樹はあがってとりあえず優樹の土産を渡した。
「ああ。修学旅行だったのか」
颯介とソファーでくつろいでいるとドタドタと孝太と優樹が二階から降りてきた。手にはサッカーボールを持っている。
「おじさん、こんにちは。外で遊んでる」
「こんにちは」
中学の頃の颯介にそっくりな孝太と優樹は元気よく外へ飛び出していった。
「優樹はお前にあんまり性格は似てないな。顔は似てるけど」
「そうだね。孝太みたいに中学でサッカーしたいみたいだし。みんなとワイワイやるのが好きみたいだよ」
「お前は一人で居たがる方だったもんなあ。水泳部だったし」
「そういや。兄貴もサッカー部だったな。まあいいんだけどさ。はあ……」
「どうかしたか?」
「一人息子ってさあ。やっぱマザコンになりやすいのかね。もう小六なのに緋紗にべったりだよ」
五十歳をすぎても、好奇心旺盛な目をした若々しい颯介は目をキラキラさせながら「お前こそ相変わらず嫁べったりだな」 と笑った。
直樹は当然だと言う顔をしてながら不満を漏らす。
「べったりさせてもらえないんだよ」
「あはは。中学入ったらマシになるって。そろそろ好きな女の子とかできるだろ。まあ男はそういうとこ遅いからさ」
ふうっと息を吐き出す直樹に続ける。
「緋紗ちゃんモテモテだな。おまえと優樹と。そうそう孝太も好きだって言ってたぞ」
「それってモテてるのか」
「ああ、もう一人。ペンションでピアノ弾いてるやつ。あいつも緋紗ちゃんのファンだろ。あれは気をつけろよお?」
「えっ」
直樹は意外なことを言われてドキッとした。
「すまんすまん。なんとなくだからさ」
茶化したように言うが颯介の勘の鋭さは半端ない。今でこそ落ち着いているが、若い頃から遊び歩いていた颯介は男女の機微に察しが良かった。
「沢田君か。まだ独身だったな……」
沢田雅人は緋紗がアトリエを借りているペンション『セレナーデ』でディナータイムにピアノの演奏を行っている。オーナーのピアニストだった妻、小夜子が亡くなった後、小夜子を信奉していた沢田が演奏を引き継ぐことになったのだった。本職は作業療法士で今年三十六歳になるはずだが、浮いた話一つ聞いたことがない。
「そんなに気にするなって。もう何年か前に思っただけだからさ」
聖乃がまだ小学生で緋紗の陶芸教室に通っていた時に、颯介も送り迎えをしていたことがあった。その時に沢田と会うこともあったのだろう。直樹が考え込んでいると、母の慶子と颯介の妻の早苗が帰ってきた。早苗が元気の良い明るい声をかけてくる。
「久しぶりね」
「おかえり。ちょっとお土産を置きにね」
「うんうん。そこで優樹に会ったわよ」
「子供のころの颯介と直樹そっくりねえ」
老いた慶子は思い出したように静かに微笑んで言う。
「仲良かったのね」
「俺の場合は兄貴に連れまわされただけだけどね」
「えー。そうだったかあ」
「聖乃は部活忙しそうだね。バスケットだっけ」
「うん。レギュラーになったしね。次の試合から出してもらえるらしいの」
「へー。さすがだね」
聖乃は颯介に顔立ちは似ているが早苗に似て大柄で体格が良かった。
「後輩の女子にモテモテだってさ」
颯介は小気味良さそうに言う。(男子だったら大騒ぎしてるんだろうな)直樹はこっそり笑った。
賑やかな昼食を終えてから、直樹と優樹は緋紗の待つ静かな家へと帰った。
小学生を対象とした賑やかな陶芸教室を終え、緋紗は伸びをした。今日は生徒たちが作った素焼きの作品に絵付けをする日だった。
四名の作品を一つ一つ眺める。小学生とはいえ、もう三年近く通ってきている生徒の作品なので技術もなかなか高く個性的だった。(これなら何か公募に出してあげたいなあ)
緋紗は何でも作らせて焼く陶芸教室を行ってはいない。一人一人の作りたい欲求や生み出したい意欲を大事にはするが、ある程度練習をして精度を上げたものしか焼成することがなかった。
陶芸教室を始めたころは、作ったものを何でも焼いてもらえると思う人のほうが圧倒的だったので、そういう一時的な体験教室とは違うと言う事を理解してもらうのに時間がかかった。
それでも粘り強く少ない生徒数でもやり続けてきたおかげで、この教室の方針が理解されてきており長期的に通ってくる生徒も増えた。こんなふうに教室を始めて続けてこれたのは和夫と亡き妻、小夜子のおかげだろう。
緋紗は今でも小夜子の力強い言葉を思い出す。教室を立ち上げたころの生徒の少なさ、定着のなさ、陶芸に対する精神性の理解のなさ、ないない尽くしで挫けそうになったころだった。(緋紗ちゃん。妥協したら一生妥協するわよ)小夜子がそう言ってくれなければ、緋紗は自分の意思のない、相手任せのニーズに合わせた教室になっていたかもしれない。
それでうまくいけば良いのかもしれなかったが、あの頃はちゃんと自立して直樹と一緒に居たいという希望もあり、やっていければ何でもいいという思いでは過ごすことができなかった。
(諦めないで良かった)
まだまだ色々なことが完成には程遠いがその道を辿っているだろうと思える自分でいられる事にいつも感謝している。(もう私、あの時の小夜子さんよりもずっと年上なんだなあ。不思議)
ぼんやりしていると和夫がやってきた。
「おつかれさん。コーヒー入れたよ。どう?」
「はい。ありがとうございます」
緋紗はアトリエを出てペンションの食堂へ向かった。
「ああいい匂い。疲れたー」
「小学生って元気いいからなあ」
「そうなんですよ。黙って作ってるだけなんですけどね。なんか教えるのにパワー使います」
「ああ、そうだ。お土産ありがとって優樹に言っておいて」
和夫は嬉しそうに目を細めている。和夫が妻の小夜子を亡くした年に緋紗は優樹を妊娠した。自然妊娠が難しいと言われていた直樹と緋紗との間にできた優樹は、和夫にとっても和夫の一人娘の和奏にとっても家族同然のような存在だ。
特に和奏にとっては本当の弟のようだ。緋紗にとっても和夫と和奏は家族同然で強い信頼関係で結ばれている。
そんな和夫も今年還暦を迎えた。
「しっかりしてきたなあ。俺も歳とるはずだよ」
豊かだが半分白くなった髪を撫でつけ穏やかな微笑みを浮かべながら言う。
男手一人で娘を育ててきた和夫の苦労と努力は計り知れない。何度か見合い話も出ており、娘の和奏も反対することはなかった。
むしろ誰かいたほうがいいのではないかと、和奏のほうが勧めるくらいだった。
しかし和夫の中には、いつまでも褪せることのない小夜子が星のように輝き続けているらしく、再婚することはなかった。きっとこれからもないだろう。
確かに緋紗でさえも小夜子の存在はいまだに大きい。和夫にとってはなおさらだろう。二人の結びつきに胸を打つものを感じさせている。
「まだまだ若いですよ。でも子供が大きくなると歳とったって実感がわきますよね」
「うんうん。和奏なんか高校生になってますます小夜子そっくりだよ」
「確かにあの存在感は半端ないですねえ。でも和夫さんにも似てて。優樹の面倒をよく見てくれましたよ」
「でもやっぱり直樹とは喧嘩仲間みたいになるんだなあ」
「ほんと」
二人で笑った。




