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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第三部

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40/47

 車から降りて、久しぶりに買い換えたSUV車を眺めた。(カーキで正解だったな)

少し山奥に入った直樹の住まいは木々に囲まれており、セルフビルドで建てた木造の家は時間の経過とともに周囲の自然とも溶け込み、素朴で温かみのある雰囲気になっている。

 兄の颯介からは相変わらず地味な趣味だと言われたが、彼ののメタリックな大型ミニバン比べるとこれくらいのほうが自分には似合っているし落ち着くと思う。(後で洗車しよう)


 玄関に息子のスニーカーがないことに気付いた直樹は今日明日、優樹が修学旅行で居ないことを思い出す。(十二年ぶりか……?)

妻の緋紗と二人きりになるのは、何時振りか忘れるくらい過去のことのように感じる。(洗車はまた今度だな)

銀縁の角ばった眼鏡の位置を人差し指で少し直し、静かに笑いながら直樹はそっと家に忍び込む。リビングをこっそり抜け、台所を覗いた。

緋紗は甲斐甲斐しく食事の支度をしている。四十代になった緋紗は、若いころの中性的でほっそりとした肢体から少し丸みを帯び、ウエストのくびれはそのままに女性らしいS字ラインを描いていた。クリムトのダナエのようだ。

食器を並べ終わった頃を見計らい、緋紗を後ろから抱きしめる。


「ただいま。奥さん」

「あっ。びっくりした。あなた、お帰りなさい」

「今日、優樹いないんだよね」

「ええ。なんか静かね」


 直樹と緋紗は結婚して十四年になる。男性不妊症だったのが奇跡的に一人息子に恵まれた。そして小学六年生の息子の優樹は今だに緋紗にべったりだ。


 十歳になった時に子供部屋で独りで寝かせようとしたが、いつの間にか二人のベッドに潜り込んでくる。息子が可愛いと思う気持ちと、緋紗との間に割り込んでくる鬱陶しさに時たま不満が湧いてくる。自分でも大人げないが恋のライバルのようだ。緋紗は案外あっさりとしていて一人息子を溺愛している様子がないのが救いだ。(そろそろ好きな女子とかいないのか)

直樹は優樹に早く母親離れをしてほしいと望んでいる毎日だ。


 スカーレットオークでできたキングサイズのベッドは広々として二人の憩いの場であり、二人の時間や思いを刻んでいる。このベッドで幾夜愛し合っただろうか。二人のこと全てを知っているベッドだ。

 直樹は辛口のマティーニを作り緋紗の作ったグラスに注いでベッドに運んだ。飲みながら緋紗の肩を抱き直樹はつぶやく。


「今日は邪魔が入らないから、ゆっくりできそうだな」

「そんな……」


 緋紗は優樹のことを想って少し困った笑顔を浮かべた。


「今夜は優樹のこと、ちょっと忘れて。」


久しぶりに二人きりの夜を過ごした。



「ただいまー!」


 夕方、優樹が元気な声で帰宅し、まっすぐに台所へ向かい緋紗のもとへやってきた。


「どうだった?」

「楽しかったよ。でもご飯が美味しくなかった」


 優しく緋紗は笑って優樹の髪を撫でる。


「今日はカレーだけどいい?」

「うん。お母さんのカレー大好きだよ」


 まだ緋紗より頭一つ分小さい背の優樹は緋紗の背中に手を回し、胸に顔をうずめて匂いを胸いっぱいに吸い込んでいるようだ。

(あーあ。こんなとこ直樹さん見たらムスっとするんだろうなあ)


「ほら、ちゃんと手洗いうがいして。荷物おいておいで」

「はーい」


 優樹は緋紗の言う事に素直に従って部屋に行った。引き続き食事の支度をしていると直樹も帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 直樹は緋紗の頬を撫でた。


「もう帰ってるのか」

「ええ。今部屋よ。もうご飯になるから呼んでやってくれる?」

「いいよ。じゃ俺も着替えてくる」


この日の食卓は優樹の土産話でもちきりだった。優樹は祖母と伯父夫婦へと緋紗の職場のペンションにお菓子を買ってきていた。


「気が利くな」

「まあね」


直樹がほめると優樹は誇らしげに笑った。


「明日は土曜日だからお母さんだけ仕事なの。ごめんね。二人でゆっくりしてて。午後には帰るから」


緋紗はペンション『セレナーデ』を経営している吉田和夫にアトリエを借りて、陶芸教室を開催している。また市内の公民館や福祉施設でも陶芸教室を行っており、精力的な活動を行っていた。


「おばあちゃんとこでも行くか」

「うん。お土産渡すよ。聖乃ねえちゃんと孝太にいちゃんいるかな」

「どうだろなあ。二人とも部活じゃないのか。おばあちゃんと伯父さん達はいると思うけど」


直樹の実家は車で二十分ほど下って行った町中にあり、母の慶子と兄夫婦と子供二人の五人が暮らしている。優樹の従兄にあたる孝太は歳も近いので兄弟のようだ。優樹は一人っ子だが従兄弟たちと吉田和夫の娘、和奏に可愛がられて育っているため一人っ子らしい身勝手さがあまりなく、どちらかというと末っ子特有の甘え上手さや空気を読むことに長けている。


「あー。おなか一杯。もう眠いや」

「すぐお風呂入れるから。早く寝なさい」

「んー」


 優樹は目をこすってあくびをした。風呂から上がり、自分の部屋で眠っていると思ったら、やはり直樹と緋紗の眠っている間に割り込んでくる。


「おいおい。自分の部屋で寝てろよ」

「寒いもん……」


 優樹は緋紗にくっついてすっかり寝込んでしまった。 直樹のため息に緋紗も同じようにやれやれと言う顔して、二人は優樹を挟んで手をつないで眠ることにした。

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