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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第二部

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38/47

 またゴールデンウィークの慌ただしさが過ぎ去り、ペンションに少しゆっくりとした時間が流れた。今日はペンションでピアノ演奏をしたいという希望者が現れたので、和夫と一緒に緋紗も面接することになった。

直樹が和奏を保育園から連れて帰ってくる予定で、二人も面接時間に居合わせそうだ。


「どんな人なんですか?」

「うーんとな。作業療法士で働いている人ではあるんだ。小夜子が慰問してたとこの施設の人みたいでなあ。何でここで弾きたいのかわからんな」

「そうなんですか。演奏場所を求めてるんですかね」

「まあ目的はなんでもいいけどピアノ次第だな。小夜子がなかなか厳しかったから決まらなかったけど、そこそこなら俺はいいかな」

「そうですねえ。BGM欲しいですしね」

「直樹にも負担掛け過ぎだしな」

「週一なら平気そうですけど、ちょっと足りませんよね」


 二人で話し合っているとフロントに面接希望者がやってきたようだ。


「出てきます」

「こんにちは」


 (ああ。男の人なんだ)二十代前半位の長身でほっそりした繊細そうな男が立っている。


「あ、こんにちは。こちらへどうぞ」


 緋紗は食堂の和夫が座るテーブルへ案内した。


「そこへどうぞ」

「あ、はい。沢田雅人です」

「えーっと。小夜子は知ってるんだっけか」

「はい。うちの施設に慰問してもらったときに僕も聴かせてもらってました」

「そうか。仕事帰りにここで弾くのってきつくない?」

「大丈夫です」

「しかしなんでここで弾きたいんだ?うちは助かるけどさ」


「僕はピアノが好きでずっと弾いてきたんですが才能がなくてですね。今の仕事ももちろんやりたくて就いた仕事だったんですが初めて小夜子さんのピアノを聴いたとき、やっぱりピアノが好きだと思ったんです。でもピアニストになりたいわけじゃなくって。なんだかもどかしくなって一回、小夜子さんに聞いたんです。『どうしたらそんなふうに弾けるんですか?』って。今思うと小夜子さんのことを知らずに恥ずかしい質問をしましたが。小夜子さんは『弾きたいように弾いてるだけだけど』と」


 和夫と緋紗にはその光景が目に浮かぶようだった。


「それで僕も弾きたいように弾きたいと思ったんです。ここなら小夜子さんを感じられると思って」


 雅人は小夜子に感銘を受け信奉しているらしい。話を聞いていると、ちょうど直樹と和奏が帰ってきた。


「ただいま」

「お、おかえり」

「こんにちは」


 直樹はちらっと雅人を見た。和奏も興味津々で見つめている。


「これからピアノ弾いてもらうか」

「はい」


 雅人は緊張した面持ちで立ち上がった。直樹と和奏も席に着き演奏を聴くことにした。

 『木枯らしのエチュード』が流れ始める。直樹がへーっという顔をした。和奏も真剣に聴いている。和夫と緋紗には今一つレベルがわからなかったが直樹に言わせると相当上手いらしい。


「いいんじゃないの。こんなに弾ける人もそうそういないでしょ」

「ふむ。直樹がそういうならいいかな」


 そこへ和奏が口を挟んだ。


「でももうちょっとゆっくり弾いたほうがいいわよ」


 雅人はびっくりして後ろを振り向いた。


「小夜子さんかと思いました」

「ママもそう言うと思うわ」

「和奏の言う通りだよ。あと基本、食事中のBGMだからそういう選曲でね」


 直樹は笑いながら和奏の頭を撫でた。


「じゃあ。いつから来れるかな」

「え、合格ってことですか? いつからでも来れます」


 雅人は張り切って答えた。直樹が「じゃもう俺引退ってことで」 というと和奏が「えー。弾いてよー」 と文句を言った。


「ああ。お客さんには弾かないってことで和奏には弾くから」

「よかったぁ」


 和奏は安心したようだ。


「あの。大友さんのピアノ聴かせてもらえないでしょうか?」


 雅人の言葉に和奏はまた口を挟んだ。


「弾いてあげてよ。しょぱんがいい」


 (小夜子さんそっくりだな。信者も熱心そうだし)直樹は苦笑して立ち上がる。


「はいはい。女王さま」


 もう少しすれば和奏と直樹は、かつての小夜子と直樹のような喧嘩仲間になるかもしれないと思いながら、和夫と緋紗は目を細めて二人のやり取りを見守った。


 直樹がノクターン第二番を弾く。甘く切ない調べが和夫に小夜子を思い出させていた。緋紗もうっとりとして聴き入る。和奏は強い目で直樹を見つめており雅人はため息交じりに鑑賞している。演奏を終えると皆が大きな拍手をした。


「大げさだな」


 和夫が神妙な表情をする。


「なんか上手くなったな。あんまり音楽のことよくわからないけど」

「どうですかね。でも前より弾くのが楽しいかな」


 と直樹は言いながら緋紗に笑いかけた。緋紗は初めてここで直樹のピアノを聴き、その時の少女のように焦がれる気持ちを思い出していた。


「さすが小夜子さんがほめるだけありますね。僕ももっと頑張ります」

「沢田さん、だっけ。俺なんかよりずっといい演奏ができますよ。じゃ緋紗帰ろう」

「ありがとな。緋紗ちゃんゆっくり休んでくれ」

「はい。また来週に。失礼します」

「またねー」


 緋紗と直樹はペンションを後にして自宅に戻った。


「そろそろ名前考えなきゃ」


 忙しい毎日の中、緋紗は産まれてくる赤ん坊の名前を考えている。ペンションは来月から産休に入ることにした。夏は学生のバイトが見つかりやすいためちょうど良かった。

陶芸教室の方も半年間休むことにしている。小夜子の出産から育児を見てきた緋紗はなんとなく彼女と同じようなスケジュールを辿っていた。


「ひさちゃん、名前決まった?」


 和奏は自分の弟だと思っている赤ん坊の誕生をとても楽しみにしている。


「うーん。なかなかいい名前うかばなくてね」

「ママ言ってたよ。男は優しいのが一番だって」


(優しいかあ。和夫さんは優しいもんね)ぼんやりと名前が浮かんできた。


「そうだね。優しいのがいいね。ありがと。なんかいいのが浮かんできたよ」


 緋紗が和奏の頭を撫でるとふふっと笑ってご機嫌でピアノのほうへ向かって行った。


 ベッドで寝そべる直樹の柔らかい髪を撫でながら、緋紗は今日の和奏の言葉と思いついた子供の名前を話す。


「優樹ってどうですか?」


 直樹はごろっと横向きになって緋紗の腹を撫でる。


「なるほどね。いいかも。ほかに出てこなかったらそうしようか」

「よかった。あ……」

「ん?」

「なんか今おなか蹴られましたよ。気に入ったのかな? 名前」

「どれどれ」


 直樹が緋紗の腹に耳を当てて呼び掛けた。


「おい。優樹」

「あ。ぽこぽこって」

「ほんとだ。なんか音がした」

「なんだか妬けるような羨ましいような。複雑な気分だな」


 直樹がまた子供っぽいことを言い出す。


「赤ちゃんができたことも、直樹さんが焼きもちを焼いてくれることも嬉しい」

「緋紗をとられないようにしないとな」


 緋紗の後ろから抱き寄せて優しくキスをし、身体を圧迫しないように横たわらせ腹を撫でた。(ライバル登場か)

ばれないようにこっそり笑って直樹は目を閉じた。

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