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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第二部

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37/47

 そろそろクリスマスがやってくる。昼間だが冬の気配を感じる風が吹き、木や草がさわさわなった。暖かいうちにペンションの周りのモミの木に緋紗は和奏と一緒に飾りつけを始める。


「ひさちゃん。サンタ知ってる? プレゼントなにもらう?」


 和奏は保育園で色々教わったのだろう。言葉もどんどん達者になり質問も増えてくる。


「そうだなあ。何がいいかなあ」


 このシーズンになるとまたペンションが忙しくなってきた。緋紗は最近なんとなくだるい気がしていたので、本格的に忙しくなる前に病院にでも行っておこうと考えていた。


「和奏ちゃんは何が欲しいのかな」

「えーとね。わかはねえ。弟が欲しい」


 (弟かあ……)先日保育園に男の子の赤ちゃんが入園してきたらしく、その赤ちゃんが和奏にはとても可愛らしく感じるようだ。


「そっかあ。たぶんサンタさんはおもちゃをくれるんじゃないかなあ」


 どういえばいいのか困り、緋紗はキラキラ光る星形のオーナメントを見つめた。和奏も星形のオーナメントを見つめてにこにこしている。


「星ってママとそっくり。キラキラしてどこからでも見える。すごくきれい」


 緋紗は小夜子を想った。(小夜子さん。和奏ちゃんはとてもいい子です。強くて明るくて。小夜子さんそっくりです)残りのオーメントをすべて飾り終え、二人で手をつないでペンションに戻った。


 クリスマス当日は平日でペンションも賑わっているので、二日遅れの土曜日の昼に四人でクリスマスパーティを行った。緋紗と和奏は二人で一緒にケーキを作るらしい。和夫が香ばしい匂いのチキンを焼いて持ってきた。


「酒はないけどな」

「いいですよ」


 直樹は小皿を並べて軽く料理を取り分けていると、緋紗と和奏がケーキを運んできた。ビュッシュ・ド・ノエルだ。


「おおー。いいねえ。クリスマスって感じだなあ」

「なかなか上手くできてるね」


 和夫と直樹に褒められて、和奏は自慢げな顔で差し出した。


「和奏ちゃんが薪のスジを描いたんですよ。上手でしょ」

「ふふ」


 小夜子そっくりな笑顔にみんなハッとしてると、和奏が思い出したように部屋に行き人形をもって帰ってきた。


「これサンタさんが弟にくれたの」


 布でできた可愛らしい三つ編みの女の子の人形だ。


「和奏ちゃんにじゃないの?」

「だってわかは弟欲しいってお願いしてたもの」


 優しく言う直樹に和奏はすまし顔をして、おもむろにピアノのほうへ行き椅子に座った。


「弟に弾いたげる」


 シューベルトのアヴェマリアを弾きはじめる。大人三人で唖然として拙いが優しい調べを聴いた。


「いつの間にピアノなんか……」


 和夫はぽかんとして和奏を見つめた。直樹も息をのんで見つめ、緋紗も静かに聴き入った。演奏が終わり椅子から降りて和奏は優雅に歩いてくる。小夜子そのままだ。


「どうだった?」


 和奏は緋紗のお腹に話しかけると直樹が驚いた顔をして緋紗を見、和夫も不思議そうな表情をした。緋紗は静かに告げる。


「赤ちゃんができました」


 ますます驚いた表情で直樹がつぶやいた。


「まさか……。ほんとに?」


 緋紗は頬を染めて頷いた。


「わかの弟よ。ふふ」


 和夫が小夜子のことを想いながらつぶやく。


「アヴェマリアかあ……」


 クリスマスの奇跡か、小夜子からのプレゼントか、偶然か、何かわからないが二人の間に子供がやってきた。

直樹の耳に小夜子の声で『愛の証よ』と聞こえた気がした。緋紗にとっても直樹にとっても子供という存在は必須ではなかったが、きっとこれも神のおぼしめしだろう。育てるという行為の中で二人が経験すべきことがあるのだろうと思った。

直樹にはまた自分の中に新しい感情が芽生えていくのを感じる。緋紗との結びつきが、これほど大きな命の営みに繋がるとは想像もしなかった。(人生って侮れないな)

予想と想定内の範囲を大いに上回る出来事の数々に今更ながら不思議な気がするのだった。


「はやくこないかなあ」


 和奏は目を輝かせる。血が繋がっていようが繋がっていまいが和奏は赤ん坊を弟としてかわいがるだろう。みんなへのクリスマスプレゼントなのだと直樹は結論づけた。

小夜子に見守られているような気がする中、優しい気持ちでゆったりと夕方までのひと時を過ごした。




 春が来て緋紗の腹が目立つようになりはじめた。和奏の言うとおり男の子だった。

緋紗は直樹と出会ってからこれまで、なんだかとても神秘的な体験をしているようで不思議な気持ちだ。ぼんやり生きてきた自分がはっきりと明確な人生を生きている気がしてくる。

それは自分のやりたいこととか社会的なことではなくて生き方への実感だ。まだまだどこへ向かっているのかわからないが『こう生きたい』という自分のビジョンが見えてくるようだ。

直樹が優しく緋紗の腹をさする。


「こんなふうに絶対の安心感の中で漂うってどんな感じなんだろうね」

「お腹の中のことって覚えてませんもんね」

「なんだか。緋紗をとられたみたいだ」

「直樹さんがそんなこと言うなんて意外。女の子だったらお義兄さんや和夫さんみたいにメロメロになるのかな」

「さあね。でも今は赤ちゃんがうらやましいかな」


 こんなに子供っぽい直樹を見ると、なんだかとても幸せな気持ちになる。


「直樹さん。不思議ですね。ここに命があるんですね。いろんなとこにも」


 緋紗は全ての『命』を感じる気がした。


「そうだね。命で溢れてるんだね」


 二人はそっと抱き合った。そして三人が暖かい繭に優しく包まれているような気がしていた。

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