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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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3/47

 約束通り二人は会い、美術館に向かう。


「今更かもしれないけど。」


 と、男は名刺を差し出した。『静岡森林組合 大友直樹』――オオトモナオキ。


 緋紗も自分が名乗ってないことに気付いた。――名前も教えあってなかった……。


「宮下緋紗です」


「ひさちゃんね」


 ――ちゃんづけか……。


 少し不満だが気にしないようにした。そのうちに開館したので二人で入場した。


 一番乗りかと思ったがすでに人がちらほらいる。まずは染物・織物を見た。二人とも専門分野ではないのでなんとなく眺めて通り過ぎた。大友はやはり木が好きなのか渋い茶色をした木の箱を熱心に眺めている。


「やっぱり木工がお好きですか?」


「うーん。嫌いじゃないけど。あの大きな材木がこんな箱になることがあるのかと思うと不思議でね」


 ――変な見方。


 緋紗のお目当てである陶芸部門に到着した。緋紗が緋だすきの大きな皿を眺めていると大友も一緒に覗き込んだ。


「綺麗な緋色……」


「この赤いラインは模様?」


「緋だすきというのは備前焼の景色の中の一つなんです。藁をたすき掛けにして窯の中に入れるんですけど、もともとは焼き物同士がくっつかないようにする方法で模様として珍重されるのはずっと後のことみたいです」 


「へえ。藁なんだね」


感心して聞く彼に緋紗は満足する。


「大友さんお茶しませんか?」


館内のカフェで二人は同じくコーヒーを注文した。


「とても楽しかったよ。また会える?」


「え?」


 思ってもみなかった言葉に緋紗は聞き間違えたのかと思った。


いつ、どこで、どうやって会えばいいのかわからないまま緋紗は、「会いたいです」と、答えていた。大友はスケジュール帳に目を落としながら続ける。


「僕は来月末にまたこっち方面、広島だけど来るんだ。やっぱり仕事がらみだけどね」 


 ――来月末……。


「日曜日なら。広島のどこですか? 広島市?」


「いや三次市というところなんだ」


「早く出れば岡山に九時までには到着できると思うけど。備前市まで行こうか? 」


「いえ、私が岡山まで出てきます」


 ――備前で人に見られたらすぐ噂になっちゃうよ。


 備前市の特に作家内では情報が回りやすく緋紗のように女で弟子をしていると恰好の噂の的だった。自分が関わりがない作家でも緋紗のことは筒抜けだ。それぐらい備前焼界隈は狭い。


「どこが待ち合わせしやすいのかな」


「えーっと。駅から表口に出ると噴水と桃太郎像があるので、そこだと間違えないです。初めてでもよくわかるから」


「うん。じゃそこで九時に」 


 にっこりして大友がスケジュール帳に書き込んだ。


 緋紗は『来月末桃太郎桃太郎――』と頭の中で呪文のように繰り返していた。


「そろそろ出ようか」 


「はい」


 大友が伝票をとろうとしたが緋紗が制した。


「ここくらいごちそうさせてください」


「じゃあごちそうさま」


 カフェを出てそして会場を後にする。


「僕はもう駅に向かうけどひさちゃんはどうする?」


「あ。私ももう帰るので駅まで一緒にいきます」


  駅の改札口に着き、緋紗は伊部までの切符を買って改札口を通った。大友は切符を持っていて駅員のいる改札口を通った。違うところを通ってまた合流する。また離れる。新幹線方面とローカル方面に分かれる間で二人は立ち止まった。


「じゃあまた」


「はい。また」


 さっぱりと挨拶して二人は別れた。エスカレータを上っていく大友がちらっと振り向いて緋紗に手を振った。緋紗も振り返して登り切ったのを見てから、自分が帰る方面へ歩き出した。ホームでぼんやりしているとすぐに電車がやってくる。ガタガタと揺れを感じながら、自分の日常へ帰っていくんだなあと実感した。



 夕方六時。新幹線は静岡に到着した。直樹は『のぞみ』から『こだま』に乗り換えて家に電話をかけた。


『もう二十分くらいで着くよ』


 そう言って切った。――もう起きてないとな。


 さっきまでは少しウトウトしていたが咳払いをして頭をはっきりさせようと努めた。そこそこ長い乗車時間ももう終わり自分の住む町に降り立った。駅を出ると迎えのフォレスターが到着していた。


「あれ。兄さんが来てくれたんだ」


 母に頼んでおいたのだが兄が来ていた。ガソリンスタンドの元気な若い子のように声を掛けてくる。


「お疲れー。どうだった岡山は」


「なかなか良かったよ」


 助手席で背伸びをしながら、さらっと答えた直樹だったが、「なんかいいことあったな?」と、鋭く突っ込まれた。――相変わらず鋭い。


 兄の颯介は今でこそ結婚をし落ち着いた生活を送っているが、若いころからふらふらとうろつき女性関係も派手だったので男の割に鼻が利く。


「母さんには黙っててやるから、教えろよ」


「そんな勘ぐるようなことはないよ」


「俺は木とじいさんばっかり相手にしてるお前を心配してだなあ」


「おもいっきりニヤニヤしてるじゃないか」


「そう、言うなって」


 濁しているうちに家に着いた。


「お帰りなさーい」


 兄嫁の早苗の明るく大きな声が聞こえた。


「義姉さんいらっしゃい」


「お疲れ様。いつも頑張ってるわね」


「まあ、好きなことだからね。母さんは?」


「ああ、お義母さんは上で聖乃の相手をしてくれてるのよ。上がったらついでに、もう夕飯ができるって声をかけてもらえないかしら」


「いいよ」


 直樹は二階の自分の部屋に荷物を置いて、その隣の部屋の母に声をかけた。


「母さん、ただいま。聖乃もただいま」


「あら直樹おかえり。ほら、おじちゃん帰ったよ」


 一歳になったばかりの聖乃が直樹をぼんやり見つめた。


「もう夕飯ができるらしいよ」


「あら、もうそんな時間なのね。ちょっと遊びすぎちゃったわ」


「義姉さんに任せてれば大丈夫しょ」


 直樹はまた自分の部屋に入ってスーツを脱いだ。シャツのボタンをはずしながら緋紗のことを思い返した。――面白い子だったな。


 スエットに着替えながら緋紗を思い出しそうになったとき、背後から、「黄昏てないで飯にしようぜ」 と、颯介の声が聞こえた。 

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