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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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 十一月に入って富士山に雪が被った。直樹は初冠雪を見ながら本格的に冬が来る前にやらなければいけないリストをパソコンで作っていた。少しネットゲームに接続してみる。自分の国家にしか行かないので敵種族の『スカーレット』に会うことはないだろう。

 しばらく忙しいからログインしないと仲間たちに告げる。話していると見覚えのある名前のキャラクターが目に入る。確か『スカーレット』と同じギルドの『大河』だ。ヒューマンの時は爽やかなブルーメタルの防具だったのが、いかついダークグレーのセット防具になっていて長いクロコダイルの鼻先が飛び出している。

 少し見ていると向こうからメッセージをよこした。


「こんちわー」

「やあ。転生?」

「そうっす。ヒューマン飽きちゃって」

「他のギルメンも転生したの?」

「いや俺だけっすよー。なんかみんなリア充らしくって来ないんすよ」

「そうなるとさみしいよね」

「レッドも旅に出るとか言っちゃって」

「引退ってこと?」

「いやあいつ何か月かインしない時いつも旅に出るって言うんすよ」

「そっか。まあ獣人も面白いからさ」

「こっちのビジュアルのほうが燃えますね」

「じゃまた」

「またです」


『ミスト』をログアウトさせた。


 ――旅か……。

 目を閉じればくっきり緋紗のことを思い出せた。顔も身体も声も。


「ふぅ」


 ため息をついているとドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「おっす。飯だぞ」


 兄の颯介が呼びに来た。


「うん。今行くよ」


 本棚に置いてある緋紗が作ったペアのグラスに目をやる。そして、残りのリストを打ち込んでから机を離れた。一階へ食事に降りていくと母の慶子と義姉の早苗が天ぷらを並べており、座っている颯介の膝に聖乃がおとなしく座っていた。


「なおー。なおー」


 聖乃はいつの間にか片言の言葉を話すようになっていて表情も豊かだ。直樹によくなついているようで見かけると抱きつこうとする。


「きよ。こんばんは」


 直樹は聖乃を抱き上げてやって膝にのせた。颯介はそれが気に入らない。


「きよちゃん。直樹なんかなんにも面白くないよ。こっちおいで」


 などと言い無理やり自分の膝に抱こうとする。まだ直樹に抱っこされたいらしく聖乃は嫌がった。


「やーあ。パパやーあ」

「兄貴、女の子の扱い、よく知らないんじゃないの?」

「お。言いやがったなー」


 ――どんな男でも娘にはかなわないものなのかな。

 直樹はくすりと笑った。早苗がチラシをもってきて直樹に見せる。


「ねえ。これっていつもいくバイト先のペンションでしょ?」


 チラシには『子供陶芸教室のご案内』と書いてある。――和夫さん忙しいのにこんなこと始めたのか?

 ぼんやり教室内容を眺めた。


「なんかここの教室の先生が評判良いらしくてね。聖乃にも体験させてやりたいのよね。二歳じゃちょっと無理だろうけど」

「和夫さんってそんなに子供ウケいいんだ。いかついオジサンなのに」

「ううん。若い女の先生よ。でも男の子みたいで子供のお母さん達に人気があるんだって」


 早苗は笑いながら言った。――緋紗?


「名前は?」

「さあ。名前までは知らないけど岡山方からきたみたいよ」


 ――緋紗だ。


「なんだよ。自分が行ってみたいんじゃないのか?」


 颯介は早苗に突っ込む。


「あはは。ばれた?」

「冷めないうちに食べましょうよ」


 慶子はまた始まったと思いつつ、声を掛ける。そして直樹が押し黙って考え事をしている様子を見つめた。多少心配になるが、前のような暗さはなくなっていたので見守ることにする。いつの間にか颯介も直樹も一人前の男のようになってきている。――まだまだだけど。

 息子がまた一人巣立っていくかもしれない予感があり、嬉しいような寂しいような気持ちになった。それでも聖乃を見ると新しい喜びを感じて、慶子は優しく微笑んでいた。



 スカーレットオークが色づき始めていた。――綺麗な赤色。

 緋紗は紅葉した葉を拾った。今日は直樹の誕生日のはずだ。去年の今日初めて出会った。――直樹さん、お誕生日おめでとう。


 直樹は自分のことがプレゼントだと言ってくれた。自分を全部あげられたらいいのにと緋紗は思う。


 ペンションで働き始めて三ケ月目に入る。緋紗がここへ来てから数日後に小夜子が産気づいたのでいきなり忙しかった。和夫も小夜子の出産に立ち合ったのでその日は一日てんてこ舞いだった。それでも何とかやり遂げたので緋紗も自立への自信がついてきた。


 赤ちゃんは女の子で『和奏わかな』と名付けられた。しばらく小夜子は育児に専念するだろう。緋紗は小夜子の出産後の美しさに圧倒された。もともと華やかな人なのにますます存在感が大きくなっている。自分が同じ女性だとは信じられないくらいだ。強さと優しさとを兼ね備えた小夜子は最強だと緋紗は実感する。

 そんな小夜子に寄り添っている和夫の包容力も素晴らしい。なるべくしてなった夫婦なのだろうと憧れる。

このペンションで働かせてもらう間に和夫と小夜子の馴れ初めも聞いた。小夜子は手の怪我によって演奏家としての限界を感じていたがピアノを捨てることはなかった。ただ華やかな世界からステージを変え、福祉施設への慰問として演奏活動を行っていたところで和夫と出会ったらしい。和夫は偶然小夜子のピアノを聴き、自分のことを偽らない生き方をしようと決心したそうだ。

緋紗がここに初めて訪れたときには小夜子は妊娠をしていたので他所への演奏は休止していたがやはりこれからもそういう活動をし続けたいらしい。


 きっと小夜子はいつまでも輝き続けるだろうし、自分を偽らない和夫の生き方も素晴らしいものだろう。まだ人生に対してぼんやりとしている緋紗だったが、自分の周りには素晴らしい見本がいくつもあることを知った。

 しかし直樹に出会わなければきっと気づかなかったことだろう。感謝の気持ちを直樹に捧げるように緋紗はスカーレットオークの幹に額を当て、そして厨房へと向かった。


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