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そろそろ終業時間だ。あたりも暗くなってきたので直樹は道具を片付け始めた。少しだけ冷たい風を感じるようになり空の色も秋らしい。
今日の夕焼けは燃えるようで全身が真っ赤に染まっていくようだ。
緋紗を思い出す。直樹は緋紗と出会ってから仕事を終えるときに一日の無事を感謝するようになっている。自分でもこんなに信心深かったかどうかわからないが、大先輩の望月の『山への畏怖』がなんとなくわかる気がした。一人の時には危険な仕事だと頭では分かっていたが、気を付けていれば大丈夫だと気楽に構えていた。しかし緋紗の存在が自分自身を大事にしようと思わせ、さらに無事を感謝する気持ちにまで発展したらしかった。
「緋紗」声に出して名前を呼ぶ。夕日を見ているとなぜだか涙が出てきた。――泣いているのか。
自分でもびっくりして、失った緋紗が自分の大きなパーツだったことを改めて知った。
来週から備前焼祭りだ。そのための窯を、ここ十日ほど焚いている。今日で最終日だ。緋紗は松尾の指示で最後の五十本を窯の正面から突っ込み蓋をして泥を塗った。そろそろ鈴木と谷口が横焚きにやってくるだろう。
真夜中になり、予定通り窯焚きは終わった。松尾の最終チェックのあと、片付けをし打ち上げが始まる。松尾の妻、美紀子も参加した。
「乾杯」
「お疲れ様。」
口ぐちに言い飲み始めた。
しばらく美紀子の料理を堪能し、飲む方に落ち着いてくると緋紗に谷口が話しかけてくる。
「今回は大友さん来なかったんじゃね」
「そうだね」
松尾と美紀子は盆明けから緋紗の元気のない様子に何かあったのだろうとは思っていたが、あえて聞かなかった。それを谷口が口火を切ったので二人は緋紗を気遣って聞こえないふりをした。
「宮下さんなんか暗いしな。喧嘩でもしたん?」
親しい谷口は遠慮なく聞いてくる。
誤魔化しても谷口には無駄だと思ったので正直に話す。
「お別れした」
「え?」
と、聞き返したがまず美紀子が反応した。
「そうなの? 喧嘩じゃないの?」
松尾は黙って見守っている。鈴木も押し黙ったままだ。緋紗は沈黙に耐えられずこの夏のことを簡単に説明した。
「なんかよくわからんけどそれでええん?」
「うーん。いいもなにもねえ」
緋紗は他人事のように言った。あのまま将来を見ないようにして関係を続けられるほど退廃的な二人ではなかった。
「おめえらの世代は諦めやすいけーの。悟り世代じゃったかの」
松尾はゆっくりと、そして寂しそうな顔をして言う。
「緋紗ちゃんたちはバブルも知らんし、震災とか辛いことばっかり知っとる世代じゃもんな」
鈴木は緋紗を擁護するように言い、グラスを傾けてビールを飲み干した。
「好きなんでしょう?」
美紀子の優しい声と顔に、緋紗は思わず涙をこぼしてしまった。谷口は余計な話をしてしまったというバツの悪い顔をしている。
「静岡か。産地でもないし知り合いもないし。うーん。いきなり窯もつけんしなあ。陶芸教室とかねえんか」
松尾の言葉を聞いているうちに緋紗はペンションでのことを思い出した。そして冬にペンションで過ごした話をした。
「そこを足掛かりにしてみたら」
「だめならまた考えりゃええ」
「このままにしてしまったらだめよ」
「もう一回頑張ってみようかな」
緋紗は少し前に向けそうな気持ちが湧いてきた。
「一回と言わず何べんでも頑張ったらええよ」
「いつでもここに帰ってくりゃええから、やってみられ」
みんなから背中を押されて緋紗はまた嬉しくて涙をこぼした。
「明日にでもペンションに連絡してみます。でも大友さんには内緒にするつもりです。とりあえず自分でやってみようと思います」
緋紗の意志を尊重してそれ以上とやかくは言わなかった。ただ「乾杯!」と、これからの門出を祝ってくれたのだった。




