25
帰宅して入浴した。静かな寝室で緋紗はぼんやりとベッドに腰かけて今までの営みを思い返す。過ぎ去った時間がこんなに愛しいなんて知らなかった。明日からどう過ごそうか。色褪せた見えにくい明日を想像した。直樹も寝室に戻ってきた。
「もう寝よう。僕は書斎にいるよ」
「抱いてくれないんですか?」
「抱けない」
直樹は二人の未来がやってこないと思うと、これ以上触れることは出来なかった。せめてできるだけ自分から離れ易くするだけだ。
緋紗は思い出が欲しかった。独りでいるための二人の思い出が。
「じゃ。私が抱きます」
「だめだよ。緋紗。もっと辛くなる」
たしなめる直樹を無視して緋紗は口づけした。何を言っても聞きそうにないので直樹は理性的にふるまうことにした。
「――だめだ」
直樹の無駄な抵抗も徒労に終わり、二人は向かい合って抱き合った。
「『ミスト』と抱き合ってるみたい」
ネットゲームの『ミスト』の上に思わず座ってしまった時のことを思い出した。
「『スカーレット』」
直樹も緋紗の名前を呼ぶ。
別種族の二人は共通貿易港で会ってもまた自国へ帰っていく。そんなシチュエーションが今の二人にぴったりだ。バーチャルな二人とリアルの二人が同時に抱き合うような不思議な感じがした。お互いの頭も身体も心も全部つながるような感覚だ。緋紗はそんな倒錯と現実に自分の正直な欲望を募らせ、貪欲に直樹を貪った。
「溶けて一つになってしまいたい」
燃やせるものをすべて燃やし尽くした二人は消耗して体力を使い果たした。直樹の胸の上で緋紗は何も言わず静かに寝そべる。薪が十分な空気できれいに燃え、柔らかい真っ白な灰がふわふわと窯の中の炎に吸い込まれるような安堵感を得て、目を閉じた。
駅のホームで二人は新幹線が来るのを待った。あと五分ほどでやってくる。朝から会話らしい会話を交わしていないが、お互いの気持ちは十分伝わっていて言葉にする必要を感じなかった。
先に上りの新幹線がやってきて、ざわめく人混みを乗せて去って行った。
「そろそろ来るね」
「そうですね」
二人は何気なく見つめあう。勝手に引力が働いて、いつの間にか口づけをしていた。新幹線がやってきたので緋紗は立ち上がった。直樹も立ち上がり荷物を渡す。
「さよなら」
『愛してる』の代わりに言って二人は別れた。




