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ペンションの周りの森を歩く。夏は緑色が濃い。緋紗はスカーレットオークを探した。木の前に立って幹を撫でていると直樹が、「また少し伸びたみたいだ」 と、見上げて言った。
「いつも見ても変わった葉っぱの形ですね。こんなのここで初めて見ました」
まだ緑色の葉を見ながら緋紗も上を見上げた。
「このスカーレットオークはアメリカ産なんだ。他にも外国の木があるよ。レッドオーク、ピンクオークとか。このペンションを建てたときに小夜子さんが変わった木を植えたいって言ってね。それでこのオークらへんを勧めたんだ」
「へー。どおりで。外国っぽいですね」
「うん。時間差で紅葉もできるし綺麗だよ。オークは丈夫だし病気も少ないしね。まあ。スカーレットが断トツに紅葉が綺麗だよ」
緋紗は耳に心地よい直樹の説明を聞いていた。
「こんな風に森の中って来たことがなかったですけど気持ちいいですね」
「同じ種類の木が並んで生えてるのもいいけどこういう雑木林もいいもんだね」
「直樹さんのお仕事って素敵ですよね。緑があふれてるって大事なんだなあ。すごく落ち着きます」
なぜか直樹は黙って微笑んでいる。ゆっくり二人で歩いているとガサガサと音がして和夫が現れた。
「おっす。早く来たな」
「こんにちは」
「ちは」
「緋紗ちゃんがひいてくれた皿、焼けてるから見る? この前は見れなかったろ」
「見たいです」
「やっと焼けたんですか」
「いやー。窯がなかなかいっぱいにならなくてなあ」
「そうですね。スカスカだと温度あがりませんからね」
「緋紗ちゃん来るからって小夜子が早く焼けってうるさくてな」
和夫は頭をかきながら話した。アトリエに入ると粉引きの皿が並べられていた。
「あー。かわいいー」
ぽってりとした白い皿に焼き上がっていた。皿の端のほうに化粧土を月の形に抜いた部分があり、まるで白い雲の中にグレーの月が浮かんでいるようなロマンティックな雰囲気に仕上がっている。
「いいだろー」
「へー。緋紗が作っただけのことはありますね」
「わはは。それを言うなよ」
「粉引きの雰囲気がいいんですよ」
緋紗が皿を手に取って撫でた。
「お? そうか? いやーでもやっぱプロは違うと思ったよ」
「良い焼けでよかったです」
緋紗も満足そうに皿を元に戻した。
「来週あたりから使うよ。また今度何か頼んでいいかなあ」
「高いですよ」
「やだ。直樹さんたら」
「おいおい。マネージャー厳しくしないでくれ」
皆で笑い合った。
日も落ちて夕暮れに差し掛かってきた。ペンションに入って緋紗は売店のスギのエッセンシャルオイルを手に取る。
「いらっしゃい。あら。今日は一段と素敵ね」
小夜子がやってきて目ざとくルビーのペンダントに目を止めた。緋紗は恥ずかしげに、頭を下げる。
「ありがとうございます」
小夜子はニヤリとして直樹を見るが直樹は素知らぬ顔だ。
「これください」
緋紗がオイルを差し出す。
「僕が払うよ」
「あら。プレゼントするわよ。緋紗ちゃん」
二人がと、張り合うように口々に言う。、
「いえ、自分で。この前いただいたバイト代もまだありますし」
「え。いつの話?もう半年以上前よ。ストイックねえ」
「緋紗は小夜子さんと違いますからね」
「今は地味ですー。いー」
緋紗は二人のやり取りが面白くてついつい笑ってしまった。緋紗にとっては年上の男性である直樹だが、兄がいるようだし、和夫と小夜子との関わり方を見ていると案外『弟キャラ』なのかもしれない。いろんな直樹の姿が見られるのは嬉しいことだった。
「お皿みた? すごくいい感じだわよね。使い勝手もすごく良さそうだし」
気を取り直した小夜子は嬉しそうに言う。
「あんなに可愛らしくなって私も嬉しいです」
「緋紗ちゃんは、ほんといい娘よねえ」
頭を撫でて直樹を横目でちらっと見る。
「勝手に触らないでください」
直樹は緋紗を引き寄せた。
「やーねー。緋紗ちゃん、よく考えた方がいいわよ? 直君みたいな暴君相手にしてると大変だわよ」
「和夫さんも大変ですよね」
「まあっ」
喧嘩友達のようなやり取りだ。本当に仲が悪いわけではないが好戦的な二人はお互いを相手にするとエキサイトするらしい。最初は見ていてハラハラしたが、今ではこれが二人の挨拶のなのだとわかったので安心してみていた。
「じゃ。そろそろディナーにどうぞ」
小夜子が手を振って厨房へ向かった。
「行こうか」
直樹が緋紗の手をとってエスコートした。
仲良くバイキング料理を取りに行き、席に着くと和夫が緋紗にワインを持ってきてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
直樹は水だが二人で乾杯した。
「美味しい」
緋紗は始終笑顔で料理を楽しんでいる。直樹も少し食べてから緋紗の食べるペースが落ちるのを待った。グラスワインを飲みほしてデザートに手を付けたころ、直樹は春の窯焚きから緋紗と離れている間に考えたことを話した。
「緋紗。これからのことなんだけど。聞いてくれるかな」
「はい」
緋紗は食べかけていたデザートを途中にして手を膝に置いた。
「いいよ。食べながらで」
「え。あ、そうですか?」
「緋紗は備前にずっといたいのかな?」
「いえ。そういうわけじゃないですよ。備前焼きが一番好きなだけで場所にこだわりはないです」
「そうか。よかった。静岡にきてくれる?」
「きてもいいんですか?」
「もちろんだよ。そばに居て欲しいんだ」
「私も直樹さんのそばに居たいです」
「それで来年の春からなんだけど僕は前の職場に戻ろうと思ってるんだ」
「え? 今の仕事辞めるんですか?」
「うん。今の仕事のままだと少し経済的に苦しいかな。緋紗のアトリエとか建ててやりたいし」
「あの。ちょっと待ってください。好きな仕事でしょう?」
直樹は淡々と、「いいんだ」と、一言言った。
緋紗は直樹の気持ちが痛いほどよくわかった。少し時間がとまってまた動き出す。
「私も同じことを考えていたんです。陶芸を辞めてもいいと思ってました」
直樹ははっとして緋紗を見つめる。
「直樹さんが私の陶芸のことを考えてくれて本当にうれしいです。今まで、陶芸を辞めてほしいと言われたことはありましたけど……。私は陶芸を選んできたんです。でも直樹さんのそばに居られるなら辞めてもいいと思ってここに来ました。今、直樹さんが森の仕事を辞めるって聞いて……。私、間違ってるかもと思ったんです」
直樹は緋紗の話を静かに聞いたあと自分の思いを話した。
「僕はこの仕事を始めることにしたときに、彼女がすごく反対してね。やっていけないって言われたんだ。結婚すれば子供だってできるし子供の将来とか老後とか経済的な見通しが全く立てられないってね。その時は結婚どころかそんな先のことなんてどっちでも良くて好きなことをする方が大事だったんだ。でも今は緋紗と一緒にいられる事のほうが大事なんだ」
少しの沈黙の後、緋紗が話し始めた。
「私の好きな作家の小説の中に、少女が美しく飛んでいる鳥に恋をする話があるんです。鳥も少女が好きになって彼女のものになるために鳥かごに入るんですけど……」
続きを言い渋る緋紗に直樹が続ける。
「飛ばない鳥に魅力が感じられなくなって少女は鳥を見なくなり、そして鳥は死ぬんだったよね」
死んだように魂が抜けた空っぽの身体でも、抱き合っていれば一緒に時間を過ごすことはできるかもしれない。しかし今のような歓びはないだろう。
二人は静かに見つめ合う。そしてなんてぴったり合うんだろうと感じた。ベターハーフというのはこういう相手のことかもしれない。同じことを同じように二人は思った。そして二人には少女と鳥の未来が待っているのだと実感した。
「帰ろうか」
緋紗は黙って頷いた。和夫と小夜子に、「またね」と元気よく声をかけられたが笑顔でいることで精一杯だった。




