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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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21/47

21

 梅雨が終わり初夏がやってきた頃、緋紗は二十八回目の誕生日を迎えた。ここ数年誰にも祝ってもらうことがなかったので、気が付いたら過ぎていた。それでも一年で一番好きな季節だ。


四月に直樹と別れてから一度も会っておらず、電話もしなかった。ネットゲームで『ミスト』を見かけたが話すことはできなかった。今夜は会えるだろうか。一応毎週土曜日はログインしていた。色々片付けてネットゲームに接続することにする。

 いつものメンバーがいた。毎週恒例の戦争にでかける。フィールドを端から端まで駆け巡ったが『ミスト』はいなかった。

 スカーレットは港町に行って武器や防具を修理した。ぼわっと光ったと思ったら後ろに『ミスト』が立っていた。


「ひさしぶり。元気だった?」

「はい」

「ペンションがちょっと落ち着いたんだ

「そうですか。よかった」

「夏休みある?」

「お盆に五日あります」

「こっちこない?

「いいんですか?」


 文字を打つたびに、緋紗は真剣にミストの答えをみつめる。


「会いたい」


 息を飲んで自分も文字を打つ。


「私もです」

「休み決まったら教えて」

「わかりました」

「じゃあ」

「はい。また」


 ミストは要件を言うと落ちていった。他にすることもないのでスカーレットも落ちた。


 緋紗は直樹とまた会える目途がついてホッとした。いつ終わってもおかしくない関係だと思うと毎日辛かった。かといって電話をかけて何を話せばいいのかわからなかったし、今は口を開けば『好き』だと告げてしまいそうだった。――今度はどこで会えるんだろう。

場所も何も聞くことができなかったが、とにかく会えることに緋紗は喜びをかみしめた。


 直樹は前と同じように一般乗降場で緋紗を待った。今日の車はフォレスターなので軽トラックよりはずいぶん乗り心地が良いだろう。

緋紗が向こうから歩いてくる。直樹が見えたのだろう。少し大きめの荷物をもって小走りにやってきた。


「こんにちは。素敵な車ですね」


 息を弾ませる彼女は、グリーンの大きなチェックのシャツワンピースを着ている。涼しげで清楚だ。


「疲れた? 乗って」


 緋紗は直樹が言うまま乗り、おとなしく座っている。


 しばらく走ると大きな富士山が目の前に迫った。――また見れた。

緋紗は懐かしい気持ちで富士山を見つめた。車の乗り心地はとても良い。軽トラックでも全然かまわなかったが、こうしてのびのびと出来ると新幹線での疲れが幾分か軽減される。――この車、直樹さんによく似合ってる。


 車内は無駄なものが何一つなく、カーフレグランスさえも置いていない。少し機械油の匂いがして、それが緋紗には居心地を良く感じさせた。

 車は山の中へと入って行く。道は舗装されているが、町からはずいぶん遠ざかって近隣に家はないようだ。途中で茶畑が広がった。しかしもう茶摘みは終わっているらしく、茶色っぽい形の揃った低い塊が見えるだけだった。


「春になったら一面緑できれいだよ。その時にまた見よう」


 緋紗は静岡の目に入るものすべてにまた見られますようにと祈った。


 スピードが落ち、ぽつんと建つ一軒家の前に車を止めた。


「ここだよ」


 古びた農家のような平屋で古民家と古い家の中間のような雰囲気だった。屋根は重そうな瓦で壁が土壁と木材の半々で出来ているようだ。家の外に洗面所がついている。直樹が手を洗ったので緋紗も倣って洗った。――まさか実家?

玄関らしい引き戸を開けるとまだ土間だった。


「どうぞ。足元気を付けて」

「失礼します」


 緋紗は足を引っかけないように気をつけて入り、高い天井の梁を見る。


「直樹さんのご実家ですか」

「ううん。ここは僕しか使ってないよ」

「三年前に買ったんだ。組合員で退職する人が子供たちのところで暮らすことになってね。使ってもらえるんだったらって安く譲ってくれたんだよ。直すところがまあまああって住んでるのは実家だけどここは僕の隠れ家って感じだね。ここから上がって」

――さすがに実家に呼ばれたりしないよね。びっくりした。


 一つ低い段があって靴を脱ぎあがった。小さなフロアは畳と板と襖で構成されていて、よく知らない昭和の香りがするようだった。真夏だというのにひんやりしている。


「涼しいですね」

「うん。冬は寒いからあんまりこないけどね」


 直樹は障子をあけて短い廊下を渡り、次の部屋に行った。四畳半と六畳の畳の部屋が襖一枚で仕切られている。部屋という区切りがあまり感じられない。

「ここは書斎かな」


 パソコンデスクと本棚があった。本棚にはぎっしりと林業関係の本と建築関係の本が並んでいて多少の雑誌と漫画があった。


「いい部屋ですね」


 にっこりして直樹は次の部屋を案内した。


「こっちが寝室だよ」


 六畳のスペースにはセミダブルくらいのベッドが一つ置かれていた。小さな窓に薄いベージュのカーテンがつけられていて、昼間だがぼんやりとしたほの暗い部屋だった。硬そうなマットがひかれていてシーツとガーゼのような薄掛けが置いてある。

 緋紗はベッドに腰かけて柔らかいガーゼ生地を撫でる。


「ベッド一つしかないんだ」


隣に腰かけた直樹は前を向いたまま言う。心の準備をしてきた緋紗はこっそり息を整えて「大丈夫です」と答えた。

 すると目の前が暗くなり、直樹の唇が重なってきた。優しい口づけにしばらく委ねる。唇が離れ緋紗は告げる。


「会いたかったです」

「僕もだよ」


 嬉しい沈黙が流れる。恥ずかしくてうれしくて何を言ったらいいのか分からない緋紗の肩をそっと直樹は抱く。 


「ちょっとゆっくりしたら今日の夜は『セレナーデ』でご飯食べよう」

「え。ほんとですか。嬉しい」

「二人が楽しみにしてるよ」


 特に何をするわけでもなく、二人はお互いのいる空間を感じ合っていた。

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